エルウィンとアリアドネが馬車を降り立ち、大広間に姿を現した。

すると広間には既に煌びやかな衣装を身に着けた貴族たちが大勢集まっており、2人の姿を見ると騒めいた。

「誰だ? あの2人は?」
「さぁ……始めて見るな」
「何て美しい女性だろう……」
「あの男性、とても素敵だわ……」

特に2人に注目していたのは言うまでも無く、若い貴族たちだった。
彼らは不躾とも言える眼差しでエルウィンとアリアドネを見つめている。

そんな彼らの視線をアリアドネはひしひしと感じていた。

(どうしよう……何だかすごく注目を浴びている気がする……やっぱり私の所作がおかしいのかしら……?)

自分に自信の無いアリアドネは、思わずエルウィンの腕に添えた手に力をこめてしまった。

「どうした? アリアドネ。何かあったのか?」

エルウィンは自分たちが注目されているのを気にもせず、アリアドネに尋ねた。

「はい……。何だかとても他の貴族の方たちから注目されていような気がして……」

「何だ? それ位の事気にするな。ここにいる連中は俺達が誰か知らない。初めて見る顔だから興味本位で見ているだけだ。気にすることは無い、堂々としていろ」

「はい。分かりました」

頷くアリアドネ。

「だが、どう見てもお前は目立っているな。うん、目立たない壁際に立っている方が良さそうだ。行こう、アリアドネ」

そしてアリアドネの肩を抱き、まるで自分のマントで隠すようにすると会場の隅へ向かって歩き出した。
実は先ほどからエルウィンは男たちがアリアドネを凝視している姿が気に入らなかったのだ。

「あ、あの? エルウィン様……?」

アリアドネが戸惑いながら声をかけるも、エルウィンは返事をしない。
何故なら彼は今、非常にイライラしていたからだ。

(くそっ! あいつら軟弱な貴族のくせに、アリアドネをジロジロ見るとは気に入らん。ここが王宮内で無ければ剣を抜いてやるところだ)

勿論、アリアドネはエルウィンが心の中で物騒なことを考えているとは思いもしていなかった――



****

 
 一方、その頃――

「どう? ミレーユ。誰か良い男性は見つかったの?」

胸元が大きく開かれた真っ赤なドレスに身を包んだミレーユは母親のマルゴットに声をかけられた。

「そうね~。さっき、何人かの男性に声をかけたのだけど……皆私の名前を聞くと逃げて行くのよ。私ってそんなに悪評が立っているのかしら」

ミレーユがため息をついた。

それを背後でしかめ面で聞いているハロルド伯爵。彼は心の中で毒づいていた。

(独身貴族男性が逃げるのは当然だ! ミレーユは自分がどれだけ悪評がたてられているのか未だに分かっていないのか!?)

ミレーユのせいで婚約破棄されてしまった貴族令嬢は後を絶たない。
しかも悪いことに、意中の男が自分に夢中になりだすとミレーユは途端に飽きてしまうのだ。

そしてまた別の貴族男性にすり寄っていく。これでは悪評が立つのは無理も無い話だった。

婚約破棄された令嬢たちは、ミレーユを酷く恨み……彼女の悪口を吹聴した。
そこでますます、ミレーユの評判は悪くなっていったのである。

その噂が、辺境のアイゼンシュタットに届く程に――


「そうだわ、いいことを考えたわ!」

突如、ミレーユが手を叩いた。

「あら? どうしたのかしら? ミレーユ」

「ええ。私の名前が原因で男性達に敬遠されるなら、アリアドネと名乗ってみようかしら? あの子だって、一応ステニウス伯爵家の者なのだから私があの子の名前を名乗っても構わないでしょう?」

ミレーユはとんでもないことを言い出した――