あの晩餐会の夜から数日が経過していた。

エルウィンは余程バツが悪かったのか、あれ以来アリアドネを避けるようになっていた。
二人が食事の時に隣同士になることも無かったし、会話をする姿すら見られない。
ただ、すれ違う時に挨拶を交わす程度の関係になっていたのだった……。


 午前11時――

「あ」

アリアドネが通路を歩いていると、訓練帰りのエルウィンが反対側からやってきた。

「あ……」

先頭を歩いていたエルウィンはいち早くアリアドネの姿に気付いた。

「お帰りなさいませ、エルウィン様」

「あ、ああ……」

ぎこちなく返事をすると、エルウィンは足早にアリアドネの脇をすり抜けて行ってしまった。
アリアドネはエルウィンが通り過ぎると、そっと後ろを振り返った。

「エルウィン様……」

小さく呟き、遠くなっていくエルウィンの後姿をアリアドネは見送るしかなかった。

(一体、どうされてしまったのかしら……。私、何かエルウィン様のお気に召さない態度を取ってしまったのかしら……?)

小さくため息をついた時、同じく帰りの騎士達がぞろぞろとこちらへ向かってやってきた。そしてアリアドネに次々と気さくに話しかけてくる。

「あれ? アリアドネ様。どちらへお出かけですか?」

「はい、少し温室に行ってみようかと思ったのです」

すると別の騎士が話しかけてきた。

「どうですか? あれ以来メイド達に嫌がらせを受けたりしていないですか?」

あの夜以来、ベアトリスに仕えていたメイドは全員解雇された。
そして新しいメイドが離宮に派遣されてきたのであった。

「はい、皆さんとても親切で良くして下さっています。おかげさまでお友達になれました」

エルウィンの態度がよそよそしくなり、アリアドネはそのことで寂しさを感じていた。けれども離宮にいるメイド達が皆良くしてくれる為、心の寂しさを埋めることが出来ていたのだ。

すると、そこへ訓練帰りのマティアスが現れた。

「アリアドネ様、今夜はいよいよ夜会に参加する日ですね」

「え、ええ。そうなのですが……」

(でもエルウィン様とはあの日以来、ずっと気まずいままだわ。そんな状況で私が一緒に参加して良いのかしら……)

アリアドネの心の内に気付いているのか、マティアスが声をかけてきた。

「ご安心下さい、アリアドネ様。私の方からエルウィン様にしっかり、アリアドネ様をエスコートするように伝えておきますから」

「え? そ、そんな! とんでもありません! そんなことしていただかなくても大丈夫ですから!」

マティアスの提案は驚くべきものだった。
まさか一介の騎士が城主に物申すとは考えつかなかった。

しかし、口々に騎士達は言いあった。

「ええ。そうです。我らに任せて下さい」
「ちゃんとエルウィン様を説得します!」
「どうぞご安心下さい」

「皆さん……本当にありがとうございます」

(本当にアイゼンシュタットの騎士の方たちは皆良い人達ばかりだわ)

アリアドネは騎士達の心遣いに感動していた。

けれど、彼女は彼らの本心を知らない。
騎士達はエルウィンがアリアドネと恋仲になれば訓練の時間が減るに違いないと期待している為だということを――