「王女……」

エルウィンは驚いた様子でベアトリスを見下ろした。

(この女、一体何を言い出すんだっ!? くそっ……! 相手が王女でなければ、こんな手……振りほどいてやるのにっ! 頼むから腕を放してくれ!)

そこで、エルウィンはベアトリスに目で必死で訴えた。

すると……。

「イヤですわ……エルウィン様ったら。そんなに見つめられると……恥ずかしいですわ」

そしてベアトリスは頬を染めた。

「えっ!?」

思わずエルウィンの口から驚きの声が漏れる。
すると、これには流石の国王も眉をしかめた。

「ベアトリスよ、無茶なことを言うものではない。辺境伯殿は仮とは言え、婚約者であるステニウス伯爵家のアリアドネ令嬢を連れて来ているのだぞ? お前がパートナーになっていいものではあるまい」

すると再びステニウス伯爵が声を上げた。

「な、何ですってっ!? アリアドネまで来ているのですかっ!?」

「そ、そんな……! あの子が来ているなんて……!」

もはや夫妻は完全に混乱していた。
その一方、周囲にいた晩餐会の参加者達はざわめいている。

「誰だ? アリアドネとは……?」

「さぁ……? 確かステニウス夫妻にはお子様はミレーユ様しかいらっしゃらなかったはずよね?」

「あぁ、あの男に奔放な……おっと、口が滑ってしまった」

彼らの会話はこの会場に集まっている全ての人々に丸聞こえだった。

「まぁ? どうやらアリアドネ様は世間から隠されて育ってきたようですね? そのような方ではまともに貴族令嬢としての教育は受けてはおられないでしょう? 仮に夜会に出ようものなら、きっと恥をかいてしまうに決まっていますわ。それではあまりにもアリアドネ様がお気の毒です。勿論彼女をパートナーにするエルウィン様にとっても」

「何ですって!?」

エルウィンがその言葉に素早く反応する。

「ベアトリス様! 今のお言葉はいくらなんでも……」

ステニウス伯爵が困りきった顔で訴える。

「何だ? それでは事実ではない…と申すのか?」

そこへ再び国王が口を開いた。

「ステニウス伯爵。貴殿は自分の過ちで出来た娘を省みることもなく、蔑ろにして育ててきた。その挙げ句……恐らく、ミレーユは辺境伯の恐ろしい噂話しか聞いていなかった故、結婚を拒んだのではないか? そしてミレーユの身代わりとしてアリアドネを辺境伯に嫁がせたのであろう」

それは静かな口調ではあったが威厳を放っていた。

「陛下……。そ、それは……」


実は国王はステニウス伯爵に対して怒っていたのだ。
自分がミレーユとエルウィンとの婚姻話を持ちかけたにも関わらずその命令を伯爵は拒絶したも同然であった。
それだけではない。
挙句の果てにアリアドネをミレーユの身代わりとしてエルウィン嫁がせ、その事実を今迄隠し続けたからだ。

つまり、今回の招待は自分の命令にはむかったステニウス伯爵への見せしめの為の物だったのである。

国王は次にベアトリスの方を向いた。

「ベアトリスよ。辺境伯のパートナーになりたいのであれば、まずはアリアドネに許可を取ってからにするのだ。分かったな?」

「はい、お父様!」

ベアトリスは嬉しそうにエルウィンの腕に絡みつきながら返事をした。

「えっ!? 陛下っ!?」

国王のあまりの提案にエルウィンは我が耳を疑った。

(俺の意見はどうなっているんだっ!?)

エルウィンが心の中で叫んだのは言うまでも無かった――