「お、お、お前が……アイゼンシュタットの辺境伯エルウィンかっ!?」

白髪交じりの痩せぎすの男はあろうことか、エルウィンを指差して叫んだ。

「いかにも私が辺境伯だが……いくら何でも人のことを指差すとは失礼ではないか?」

エルウィンは男をジロリと睨みつけた。

「ヒッ!」

途端に男は震え上がるが……それは無理もない話であった。

『戦場の暴君』と呼ばれるエルウィンは眼力だけでも自分よりもずっと格下の相手を震え上がらせる事が出来るからである。

男は慌ててエルウィンから視線をそらせると、国王に大きな声で尋ねた。

「陛下っ! ほ、本当に……彼が、あの辺境伯なのですかっ!?」

「ああ、そうだ。ステニウス伯爵」

頷く国王。
しかし、今度はエルウィンが驚く番だった。

「何だってっ!? お前がステニウス伯爵かっ!?」
 
(この男がアリアドネを虐げていたのかっ!? 同じ娘でありながら……メイドとして働かせていた……!?)

しかもよく見れば、隣に座る女も青ざめた顔で震えながらエルウィンを見ている。

(それではこの女がアリアドネの義理の母親……?)

ステニウス伯爵はエルウィンの質問に答えるどころか、さらに国王に訴える。

「陛下っ! 酷いではありませんかっ!! 何故辺境伯がここに来ることを内緒にしておいたのですかっ!?」

その声は悲鳴混じりだった。

「何を言うか。元よりお前の娘の結婚相手だろう? 顔合わせの場があるのは当然だ」

集まっている他の人々は伯爵と国王、そしてエルウィンの会話を好奇心一杯の目で聞いている。
ステニウス伯爵の言葉はただでさえ苛立っていたエルウィンの怒りに火をつけた。

「何だと? それでは俺が城に招かれなければお前はここには来なかったということかっ!?」

エルウィンの声に怒気が混ざったその時――

「いい加減になさってっ!!」

今迄黙って会話を聞いていたベアトリスが、とうとう我慢できずに立ち上がって声を上げた。

「王女様……」

ステニウス伯爵は青ざめた顔でベアトリスを見る。

「ステニウス伯爵、お父様、それにお集まりの皆さん。この際なのではっきり申し上げておきますが、エルウィン様はまだお相手の女性とは婚姻されておりません。ただの婚約者関係なのです。そこを取り違えないでいただけますか?」

次にベアトリスは意味ありげな表情を浮かべてエルウィンを見つめた。

「しかも婚約者関係とは言うものの、まだ仮婚約の間柄なのです。つまり、いつでもこの婚約関係は解消出来るということです」

そして次にエルウィンの腕に自分の腕を絡めた。

(な、何をする気だっ!?)

驚くエルウィン。
勿論その様子を見ていた周囲の者達もギョッとした様子で2人を見る。

「私は、辺境伯様が気に入りました。近い内に開催される夜会ではエルウィン様に私のパートナーをお願いしたいと思います」

そしてベアトリスはエルウィンの腕に寄りかかり、頬を染めた――