ガラガラガラ……

音を立ててゆっくりと走る馬車の中でアリアドネは編み物を再開していた。
好きな編み物をしていれば、たとえ話し相手がいなくても時間を潰すことが出来る。
複雑な網目模様が入ってはいるものの、半分近くは編み進めていた。

「ふふふ……大分編めたわ。これならお城に到着する前に編み上がりそうね」

そしてアリアドネは一旦編み物の手を休めると馬車の外を眺めた。
外の景色は平原が広がり、何処までも平坦な道が続いていた。

(こうして馬車に乗っていると……『アイゼンシュタット』に向けて旅をしていた時のことを思い出すわ……)

あの時はヨゼフと2人、粗末な荷馬車で旅立った。
お供をする者は誰一人としていなかったが、ヨゼフと2人きりの旅は楽しかった。
時に御者台に並んで座って話をしながら旅を続けたこともあった。

(あの頃は……私はエルウィン様の妻となるべく『アイゼンシュタット』城へ向かっていたけど……まさか剣を向けられるとは思わなかったわ)

けれど、それも今となっては思い出の1つに変わっていた。

アリアドネはもう心に決めていたのだ。
国王に会って、エルウィンの婚約者として挨拶をすれば自分の役割はもう終わりだと。

『アイゼンシュタット』城に戻り次第、ヨゼフに城を出る意志があるのか確認し……もしその気があるなら2人で城を出るのだと。
仮にヨゼフが残ると言った場合でもアリアドネは1人で城を出るつもりだった。

ミカエルとウリエルに別れの挨拶を告げた上で……。

(私は元々お姉さまの身代わりで嫁いできたわけだし、エルウィン様は妻を望んでいらっしゃらないわ。越冬期間も終わったし、陛下にお目通りすれば私のお役目は終わりだものね。その後は都会に出て働き口を探しましょう。何処か貴族のお宅でメイドの募集があればいいのだけど……)

アリアドネの中では既に『アイゼンシュタット』城を出た後の計画を練っていたことなど、エルウィンは知る由も無かった――



****

 先頭を馬に乗って進んでいたエルウィンはマティアスを呼びつけていた。

「お呼びですか? エルウィン様」

「ああ、アリアドネは何をしている」

「はい、先程までは編み物をしておりましたが、今は刺繍をしております」

その言葉にエルウィンは敏感に反応した。

「何? 刺繍だと!? 何に、どんな模様の刺繍をしていたのだ!?」

「いえ、あいにくそこまでは……申し訳ございません」

頭を掻きながら報告するマティアスにエルウィンは忌々しげに舌打ちした。

「チッ……全く気が利かないやつだな……まぁいい。また後で呼び出すからな。その時はしっかり報告しろよ」

「え……? またですか? もうこれで2度目ですよ? そんなに気なるのであれば、ご自分で……」


そこまで言いかけて、マティアスは言葉を飲み込んだ。
なぜならエルウィンが物凄い目つきでマティアスを睨みつけているからだ。

「貴様……文句あるのか?」

「い、いえ! とんでもありません! 文句なんかあるはずないじゃありませんかぁ! 次こそは完璧な報告が出来るように致します!」

マティアスは馬上で敬礼した。

「うむ、そうだ。それでは持ち場に戻れ」

エルウィンはシッシとマティアスを手で追い払う。


「はい! 失礼致しますっ!」

マティアスはまるで逃げるように持ち場へと戻って行った。

「刺繍か……一体誰の為の刺繍なのだろう」

出来れば自分の為の刺繍だったら良いのに……。

エルウィンは密かに思うのだった――