結局、あの騒ぎからエルウィンは城中の者達の噂になるのが嫌でアリアドネの元へ行くのをやめてしまっていた――



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 あれから2日後――



「エルウィン様」

越冬期間中に終えられなかった残務処理に負われていたエルウィンにシュミットが声をかけてきた。

「何だ?」

「アリアドネ様の元へ行かれなくても良いのですか?」

「……ああ」

顔を上げもせず、返事をするエルウィンにシュミットはため息をついた。

「ですが、ひょっとするとアリアドネ様はエルウィン様を待っていらっしゃるのではありませんか?」

「お前……俺に喧嘩を売っているのか?」

エルウィンはようやく顔を上げた。

「いいえ、滅相もありません。私はただ自分が思ったことを述べているだけです」

「それは恐らく無いだろう。大体、今頃アリアドネは忙しいはずだからな」

「え……? それは一体どういう事でしょうか?」

シュミットが尋ねた。

「ああ、実はな……」

「え……?」

エルウィンの話にシュミットは目を見開いた――



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「あ、あの……これは一体どういうことなのでしょうか?」

アリアドネはセリアによって連れられてきた部屋に入り、驚いていた。
案内された部屋には大量のドレスがハンガーに吊り下げられていたからである。

そして部屋には見知らぬ2人の女性が待機しており、アリアドネに頭を下げてきた。

「はじめまして、アリアドネ様。私達は『アイデン』の町の仕立て屋です。この度、城主様の言いつけによりアリアドネ様のドレスを御用意させて頂くことになりました」

髪を結い上げた女性が挨拶をしてきた。そしてもう1人はまだ年若い女性で、年齢はアリアドネと同年代に思われた。

「え……? エルウィン様の……? 一体どういうことなのでしょう?」

するとセリアが説明した。

「アリアドネは近いうちにエルウィン様と一緒に『レビアス』王国の国王様に謁見されるでしょう? その為のドレスを用意して欲しいと私が直に頼まれていたのよ」

「え? そうだったのですか?」

「はい、そうです。とりあえず、あまりお時間も無いのでまずはサイズから測らせてもらいますね」

そして女性はメジャーを取り出した――



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 アリアドネのドレスサイズを測ったところ、本日用意されたドレスサとほぼサイズが変わらないということであった。
そこで仕立て屋の女性は全てのドレスを置いていくということで話はまとまった――



「良かったわね、アリアドネ。今日持ってきてくれたドレスのサイズがぴったりで」

仕立て屋の女性達が帰った後、セリアがアリアドネに話しかけてきた。

「は、はい……。でも、宜しいのでしょうか? こんなに大量のドレスを頂くなんて……」

アリアドネは大量に置いていかれたドレスを見て困惑した。

「何を言っているの? 貴女は元々はエルウィン様に嫁ぐためにこの城に来た伯爵令嬢じゃないの」

セリアは笑いながらアリアドネに話しかけた。

「ですが……私は本物の伯爵令嬢ではありません。母は父の妾ですし、貴族としての礼儀作法や勉強を学んだことすら無いのですから。それに……」

アリアドネはそこで言葉を切った。

「どうしたの? アリアドネ」

「いえ、何でもありません」

アリアドネは寂しげに笑った。

(私は所詮、姉の身代わりとなって送り出された娘であり……エルウィン様から望まれたわけではないのだから……)


けれど今のアリアドネには、とてもではないがセリアの前でその言葉を口にすることが出来なかった――