食材が全部冷蔵庫に入ると
佳乃子は手を洗いながら浩介に話しかけえる。
「お茶でも飲んで一息入れる?」


「うん。…ちょっと。話がしたい」
浩介の緊張した口調に
その話はいい話じゃないと
佳乃子は感じ取った。


「わかった。お茶入れるね」
佳乃子があえて明るく話す。
ーーなんだろう。この前の健康診断かな。
佳乃子の心臓が少し跳ね上がった。

浩介は佳乃子の方を見ずに
ただ、静かに
「…いや、…いい」と断った。

佳乃子は手に取った夫婦湯呑みを
静かに食器棚に戻した。

「そう。わかった。」
ーーなんだろう。
帰ってすぐに話さなきゃ行けないことって。

いつもと違う浩介の様子に
嫌な予感が止まらない。

ーー病気?仕事?借金だろうか

瞬時に佳乃子の頭を巡り出した「嫌なこと」達に
体も心も強張った。

「にゃあ」

すずの愛らしい鳴き声が
強張った佳乃子の体を少しだけ緩ませた。

すずは2人の空気など気にせず
尻尾をピンとあげ
リビングにやってきた。
帰ってきた浩介に挨拶をしに来たようだ。

ーーまだ悪い話とは決まってない。
佳乃子は意を決して浩介に向き合った。

「すず。元気か」
浩介はすずを優しく抱いて
ダイニングテーブルに座った。

佳乃子も浩介を追いかけ
浩介の向かいに座った。
すずはするりと浩介の手から離れ
ダイニングテーブルの下に潜り
静かに佳乃子の足元に寄りかかった。

「どうしたの?体調良くないの?」
佳乃子は明るく浩介の顔を覗き込むが
浩介は向かいの佳乃子の顔を見ない。
机をじっと見つめている。

「別れてほしい」

思ってもいない言葉が聞こえると
同時に耳鳴りが微かに聞こえ出した。

こんなに近くにいるのに浩介が
すごく遠くに感じる。
さっきまで黙っていた浩介が
まだつらつらと何か話している。
でも、佳乃子の耳には何も届かない。

視界が歪む。
息もできない。

そんな世界の中で
ただすずのしっぽが足に絡みつく。
苦しい現実と優しい感覚のアンバランスさだけが
佳乃子は確かにここにいるんだと
教えてくれているようだった。