タクシーに乗せたお客様のコルクさん
観覧車が好きな人だった
数種類の色味を帯びたマスカラと、御顔の面の割に歯が大きくてそのホワイトに視線を惹かれた

市内にある娯楽と言うか、複合エンターテイメントと銘打った大型の施設に来ていた
其処はダーツやビリヤードにカラオケ、ボウリングといった遊びは一通り網羅されていて、フリータイムや時間に応じた入場料を支払えば数多に及ぶアソビが楽しめるコースが人気の遊戯場だった
若者も多いし、子供連れの家族や、恋人でも楽しめる国内でもメジャーな娯楽施設だった

俺は卓球台の前にいた
当然、声を掛けてくれたコルクさんがいる
コルクさんは俺の右側にいて、左手を向くと友人のトシミがいた
トシミは相変わらず明るい色のパーマを遊ばせていて、精悍な顔つきはどことなく獣を思わせた
俺たちは三角形で向き合っていた

「すいません。今日は。急にお声掛けしてしまって」
「いえ、嬉しいです。こっちは友達のトシミです」
「宜しくお願いします。トシミです」
「宜しくお願いします。コルクです」
形式的な挨拶を済まして、謎解きのジャブを放つ
「コルクさん、どうして卓球なんですか」
「ええ、実は私あの、卓球クラブに入っていまして。テーブルテニスHっていうクラブなんですけど。ちょっと今、人が抜けてしまっていて」
ほう、人が足りない?
「大会に出場するために人が足りないんです。私達の愛地県花美留市では男女3人ずつ選手がいないと大会にエントリーできないんです」

コルクの話では、花美留市では、
1番手と4番手が男性のシングルで、
2番手と5番手が女性シングル
3番手が男女混合ダブルス
これがルールで男女3名ずつの選手がいることが大会の参加資格だった

「男性が2名足りていないんです」
察し力の乏しい俺の脳味噌がピンポンと謎を解いた。
スカウトか
「それで、」
もう分かっている
「お2人がもし興味があるようでしたら」
皆まで申すな
「チームに加わってもらえると嬉しいです」

ピンポンと快音スマッシュが謎を解いた事とは裏腹に、心ではこの勧誘サーブをどうレシーブしようか思索し始めた
注意深く球筋を見極めないと、彼女の回転サーブに対応できず明後日の回答をしてしまいそうだ
俺は卓球が苦手、なぜなら


「僕はいいですよ」
えっ、
「僕は中学卓球部だったんです」
トシミ。そうなの?
彼とは友人と言っても、クリスマス前の擦った揉んだで関係が始まったもんで、2ヶ月程度の付合いだった
「結構真剣にやってたんで。県大会も出たことがあるし」
「本当ですか。嬉しい!ありがとうございます」
なんか盛り上がってる
トシミは今日、俺が誘ったのに
なんとなく2人きりだと、気まずいような気がして。

「ハミルさん」
正直に言う、しかない
「いや、僕は初心者で。何回かやったことはあるんですけど、全然下手くそで。多分足手纏いになると思います」
いいんだ、これでいい
天秤はゴメンナサイ側に傾けた
ヨロシクオネガイシマス側の天秤は浮皿が立っている
彼女も大人だから、深追いはしてこないだろう
彼女が一言二言漏らした後
(僕はやめておきます)
これで全てが決着する

「初心者でも上手じゃなくても全然大丈夫です。皆さん、初めは初心者ですし。それに見たところ、ハミルさん卓球顔ですし上達すると思います」
顔が紅潮した
ちょっと待て、卓球顔?なんだそれは?そんな顔の種類があるのか?初めて聞いたし、言われたぞ
あまりに強烈な回転ドライブを打ち込まれて、微動だにできなかった

「取り敢えず、やってみましょう」


トシミは上手かった。コルクさんもやはり上手だったが、トシミの方が少し優勢なように見えた

俺は、
「ハミルさん、上手ですよ。全然いけます」
勧誘商法マニュアルの2ページあたりに載ってそうなセリフだなと思った
「さすが卓球顔だな」
トシミがニヤついてる
卓球顔の正解の面構えがわからなかった

卓球顔だから上達すると言う、前代未聞の空玉に撃たれて、俺は卓球クラブに入会する

テーブルテニスHの門構えには小さな花壇があると言う
コルクは先日オダマキの花の種を蒔いたと言う
2月に種を播いて5月頃に開花する
苧環の花にある"勝利"の験を担いでいると言う
特に紫のオダマキに勝の念が込められている


5月31日(土)及び6月1日(日)に花美留市卓球大会が開催される
経験者のトシミとTABLE TENNIS FACEのハミルが加わって出場エントリーが可能となった為、その大会を目標として練習に取り組む

そういえばハミルENにも卓球部があったっけ
千七菜どうしてるかな
あれから気まずくなって、3ヶ月は会っていない

・・・・


俺はまだ。。。

バレンタインの日
「付き合ってください、チナナ」
「バコタ、宜しくお願いします」

俺と奴の天秤で、俺は沈んだ
俺が持ち上げてやった逆側の天秤の皿でガッツポーズ

俺の恋人を奪った男は、
ハミルEN卓球部のエース、バコタだった

。。。この事実を知らない