「茜!待ちなさい!」

「嫌だ、もうこんな家居たくない!」

私はなんでこんな家庭に生まれてしまったのだろう。
つくづく運がない。

「茜っ!」

お母さんの叫ぶように私を呼ぶ声が聴こえてくるけど、私はそんなの知らない、というように走り続ける。

家から充分に離れた場所へ着いて、1度立ち止まる。

そういえば、と私は今の格好と持っているものを確認する。

「よりによって、なんでこんな日に家出したんだろう。」

ぽつりと自ら呟いた言葉にしまった、と思う。

私が持っている荷物は、楽器類に水筒、携帯とSuicaとイヤホン。あと、非常用の少ししかお金が入っていない財布。

服装なんて、絶妙にダサくて、動きにくい制服で、着替えと言ったらさっきまで来ていた。部活動Tシャツと、短パンしかない。

家出するならもっと動きやすい服を来て、財布と通帳類とか持ってくるべきだった、と後悔する。

「今更後悔したって、、、。」

今は切り替えて、どこに行くかを決めよう。
とは言っても私にそもそも行くあてなんかあるはずもない。

それでも、早くここから動かないと、お母さんに見つかる。

友達の家は?───だめだ、連絡がきっといく。

おばあちゃん家は?───連絡がいくだけでは留まらず、根掘り葉掘り聞かれたらどうしよう。きっとおばあちゃんの頃は、と説教が始まるのがオチだ。

あとは、、、どっかあるっけ?

プルルルル

携帯が鳴る。

「、、、お母さんか。」

プルルルル

どれだけ無視してもしぶとく、一向に切れる気配がない。

ブチッ

自ら電話を切る事に抵抗があったが、そんなもの今はしょうがない。

“お母さん:今どこにいるの?早く帰ってきなさい!”

“お母さん:携帯を持っていることは分かってるの!充電だってあるんでしょう?早く返信しなさい!”

“お母さん:茜?お母さんは心配して言ってるのよ”

“お母さん:茜、お願いだから、お母さんのところへ帰ってきて?”

うざいうざいうざいうざい

私はもう子供じゃない。ましてやお母さんの操り人形ではない。

ピコンピコン

絶え間なく続くお母さんからのメッセージが鬱陶しくなりスマホの電源を切る。

「これから、どうしよう、、、。」

今日中にはここから離れたい。誰か良い人がいるだろうか。

「とりあえず、駅行こう。」

ここから大して遠くもない駅へ向かう私は、きっとほかの大人からみて家出っ子には見えないだろう。

いや、見えないでくれ。

今、何時だろう。駅に着くまで時計を見れないのは不安だ。

私は少し葛藤しながらスマホの充電をつけた。

18時38分。
そう表示されている下に、お母さんからの大量のメッセージが表示されていて、眼をそらそうとする。

「えっ。」

お母さんからのメッセージに埋もれた、いとこからのメッセージを見つけて、思わず立ち止まる。

‘茜、家出したんだって?
やるなぁ!って言ったら茜のお母さんに失礼かw
お前、行くあてはあんの?俺の家くるか?’

もう社会人になってしまった年の離れたいとことはいえ、小さい頃はよく遊んでいた健ちゃんはやっぱり私の事を1番分かっている。

1番長くそばにいる、私のお母さんよりも、誰よりも。

‘いいの?お願い、泊まらせて。’

そう返信してからほっとする。行く先があるということに安心する。

さっきまでの憂鬱さが吹っ切れたように、ちょうど来た電車に乗りこんで、隣町にある健ちゃん家に向かう。

<次は〜、白金〜白金〜お降りの際は.........>

流れてくるアナウンスを聞き流しながら、私はホームに降りる。

「茜っ!こっちだよ。」

改札を出ると、健ちゃんが迎えに来てくれていて、その優しさに涙が出そうになる。

「健ちゃ〜ん!久しぶりぃ〜。」

「久しぶり。」

健ちゃんに誘導され、私は車に乗せてもらう。

「学校、楽しいか?」

車を運転しながら、そう聞いてくる健ちゃんはもう大人の顔をしている。

「そんな楽しくない。」

楽しいよ!って笑顔で言うはずだったのに、口から出てきた言葉は正反対で驚く。

「そうか。まぁ、中学校なんてそんなもんだろ。」

「そうだね。」

健ちゃんの一言に予想以上にほっとしている自分が、いた。

私だけが、私だけが、学校が嫌なんじゃないか。
友達もいるのに、そこまで嫌われてもないのに、た、だ、何故か嫌なのだ。

家でも学校でも素になれない。というか、ほんのちょっとの気遣いだけで生きていたはずなのに、いつの間にか素が消えていた。
そんな感じで、学校でも家でも疲れる。

そんな人は私しかいないのではないか。

そう思っていた。

『中学校なんてそんなもんだろ。』

そんなもんなのだろうか。そう思うと気が軽くなる。

「夕飯は食ったのか?」

「ううん。」

「なんか食いたいもんある?」

「ない。」

「それじゃ、親子丼でも作るか?茜、好きだったよな?」

「うん。ありがと。」

親子丼は好きだ。でも、今はその気分じゃない。
気遣ってくれている健ちゃんの気持ちは無下にしたくない。

親子丼。なんて残酷な名前だろう。

親子、、、それは、どの動物でも変わらないのだろうか。

親が子を思う気持ちも、子が親を鬱陶しく思う気持ちも。

<親子>

悪いけど今は、その単語を聞きたくなかった。