「……ぁ、」
教室のドアのすぐそばに、倉橋は立っていた。
手に持っていただろう本が、彼女の数冊足元に落ちている。
目が合ってしまった。
彼女の瞳に映った俺はさぞ滑稽で情けない姿だったことだろう。
俺が一歩彼女の方へ足を踏み出した時、彼女の肩がぴくりと震えた。そして、一歩、また一歩と後退りした後、踵を返して教室から飛び出して行った。
どうしよう。どうしよう。
なんて、なんて言えばいい。
分からない、分からないけど、謝らなきゃ。すぐに。
無我夢中で彼女の背中を追いかけて、俺は彼女の腕を掴んだ。
「……ッ、ユウ! 待って!」
息が乱れて、うまく頭まで酸素が回らない。
どうしよう、何言わなきゃいけないんだっけ。
そうだ、まずはさっきのことを謝らなくちゃ──口を開いたのと同時に、彼女が振り返った。
その表情を見て、それまで言おうとしていた言葉全部吹き飛んだ。
彼女は、泣いていた。
瞳にいっぱいの涙を溜めて、今にもこぼれおちそうなのを我慢するみたいにキツく唇を噛み締めていた。
そうして、ただ一言だけ。
震える声で言った。
「……、離して」
なにも。なにも、言えなかった。
手のひらの力が抜けて、掴んだ彼女の腕がするりと離れていく。
徐々に小さくなっていく彼女の背中をただ、見ていることしかできなかった。
その日、彼女は公民館には来なかった。
その次の週も、その次の週も。
月が変わり、季節が冬に変わっても。
そうして季節が春になる頃、俺はようやく悟った。
たぶん、もう彼女はここには来ない。
謝る機会すら与えてくれない程、俺のことが嫌いになったのだ。



