「なあ、遊ぼ」
「……」
じいちゃんたちが将棋に白熱する部屋の端っこで、ハードカバーを読み耽っていた彼女に話しかけた。何も言わずにじいっと俺の顔を見て、それから倉橋は僅かに頷いた。
俺は両手に抱えた将棋盤と駒を彼女の座っていた長椅子に置いた。
「将棋のルール知ってる?」
ふるふると頭を振る倉橋。
「俺、最近じいちゃんに教えてもらったから、教えてやるよ」
「……うん」
喋った。
びっくりして、顔を上げると彼女は不思議そうに首を傾けた。
「……至くん?」
俺の名前、覚えてたんだ……。
どうしてだか、恥ずかしくなって俺は顔を伏せて、気を紛らわすように駒を振り分けていく。
「おっ、俺、スパルタだから覚悟しろよ!」
「うん。分かった」
「……あのさ、」
「?」
「俺も、名前で呼んでもいい?」
ドクドク、と心臓が跳ねる。
彼女はすぐさま答えた。
「嫌だ」
「……」
頬を引っ叩かれる気分だった。
子ども心にかなりショックを受けて、何も言えずに固まる。
そんな俺の繊細な心には気づく様子もなく彼女は膨れ面をした。
「侑子、って名前が古臭くて可愛くないもん」
そんなことない、可愛いよとか、言えるほど勇気がなくて、俺はじゃあ、と言葉を続けた。
「ユウって、呼ぶ。いい?」
けなしの勇気を振り絞った。
彼女の反応が気になって、顔をあげて──俺は固まった。
「ふふ。いいよ、至くん」
花が綻ぶように笑う彼女から、目が離せなくなってしまったから。
たぶん、俺の初恋だった。



