感情に振り回されるまま深掘りして、挙句自滅した。
もし、白波瀬至という言葉が広辞苑に載っていたなら、説明文には”愚か”の2文字が並んでいたことだろう。
例えば、教えないという言葉が広辞苑に載っていたとして。
彼女がその説明文を読んでしまえば、彼女の中にある曖昧な感情に名前に付いてしまうのだろうか。
そうならないことを心の奥底で願う俺は、さらに”意気地なし"の5文字が追加されるに違いない。
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ちりん、ちりん、と夜風に揺られて縁側の風鈴が鳴る。
風呂上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら、ふと、顔を上げると、彼女は縁側で猫のように丸まりながら寝息を立てていた。
彼女のすぐそばには、駒箱からはみ出した将棋の駒が数個、畳の上に落ちている。
視線を巡らせると、将棋盤を片す祖父の姿があった。
俺が風呂に入る少し前、倉橋とじいちゃんが随分と白熱した勝負をしていたが、どちらに白旗が上がったのかは、満足そうな彼女の寝顔を見ればなんとなく想像がついた。
「年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたよ。疲れていただろうに長いこと付き合わせてしまった。少し寝かせてあげなさい」
「……うん」
「起きたら、ちゃんと送ってあげなさい。夜道は危ないから」
「はいはい」
適当に手を振る。
じいちゃんは穏やかに微笑んでその場を後にした。
取り残されたのは、俺と彼女の2人だけ。
「……くしゅっ」
丸まった彼女の背中がぶるぶると震える。
その姿はまさしく猫のよう。
俺は羽織っていた薄手のパーカーを彼女に掛けて、縁側に腰を下ろした。俺の影にすっぽりと隠れた彼女が、再び緩やかな呼吸を繰り返す。
両手を後ろについて、なんとなく月を見上げた。今日の月は、輪郭のくっきりした一際美しい月だった。



