隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。


 感情に振り回されるまま深掘りして、挙句自滅した。

 もし、白波瀬至という言葉が広辞苑に載っていたなら、説明文には”愚か”の2文字が並んでいたことだろう。

 例えば、教えないという言葉が広辞苑に載っていたとして。

 彼女がその説明文を読んでしまえば、彼女の中にある曖昧な感情に名前に付いてしまうのだろうか。

 そうならないことを心の奥底で願う俺は、さらに”意気地なし"の5文字が追加されるに違いない。
 
 ☺︎
 ちりん、ちりん、と夜風に揺られて縁側の風鈴が鳴る。

 風呂上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら、ふと、顔を上げると、彼女は縁側で猫のように丸まりながら寝息を立てていた。

 彼女のすぐそばには、駒箱からはみ出した将棋の駒が数個、畳の上に落ちている。

 視線を巡らせると、将棋盤を片す祖父の姿があった。

 俺が風呂に入る少し前、倉橋とじいちゃんが随分と白熱した勝負をしていたが、どちらに白旗が上がったのかは、満足そうな彼女の寝顔を見ればなんとなく想像がついた。

 「年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたよ。疲れていただろうに長いこと付き合わせてしまった。少し寝かせてあげなさい」
 「……うん」
 「起きたら、ちゃんと送ってあげなさい。夜道は危ないから」
 「はいはい」

 適当に手を振る。
 じいちゃんは穏やかに微笑んでその場を後にした。

 取り残されたのは、俺と彼女の2人だけ。

 「……くしゅっ」

 丸まった彼女の背中がぶるぶると震える。
 その姿はまさしく猫のよう。

 俺は羽織っていた薄手のパーカーを彼女に掛けて、縁側に腰を下ろした。俺の影にすっぽりと隠れた彼女が、再び緩やかな呼吸を繰り返す。

 両手を後ろについて、なんとなく月を見上げた。今日の月は、輪郭のくっきりした一際美しい月だった。