隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。


 「はあ~いったァ。足折れたぁ。はい、治療費100万」
 「調子に乗るな」

 図々しくも差し出された手を、バチンを叩き落とします──が、そのまま手のひらを掴まれてしまいました。

 冷えた指先から、夏の日差しに浮かされたような熱がじわじわと伝播していきます。

 白波瀬くんの思いもよらない行動に、顔を上げると、二つの瞳が私を捉えています。

 凪いだ瞳の奥からは、何の感情を読み取れず、彼の瞳に映る私の方が遥かに動揺しています。

 「一個、確認していい?」
 「……何」
 「好きなの?」
 「……」

 思考停止。
 主語のない質問ですが、彼が"誰を"さして言っているのかは、分かります。

 普段の雰囲気とは違う白波瀬くんの様子に、思わず逃げ出したくなった瞬間、練習再開すっぞ~、と神原さんが手を叩いて急かし始めました。

 助かりました。逃げるなら今です。

 「話は終わり。練習だって」

 話を切り上げて立ち上がった私の右手は開放されず、それどころか握る力は強まるばかり。

 答えなければ離さない、と言っているも同然です。
 ため息をひとつついて、私は答えました。

 「……………………、教えない」

 さらに追及されるかと思いきや、あっさり解放されました。

 僅かに感じる頬の熱には気付かないふりをして、白波瀬くんに背を向けるのでした。