金曜日に貰った栗まんじゅうをポケットに忍ばせて、そのままだったのです。
一応確認しますが未開封のようです。
何の意図があって私に栗まんじゅうを渡したのか全く見当もつきませんが、さすがの坂本くんも隣人の毒殺を試みたりはしないでしょうから、怪しいものは含まれていないはずです。
何せ、隣で同じパッケージの栗まんじゅうを口いっぱいに頬張っていましたし。単なるお裾分け、ということでしょうか。
隣人のご厚意でもらったのですから、無碍にもできません。
包装紙をといて、一口齧ります。
ん……、意外とおいしい。
程よい甘さのあんこが、私の頭に残るもやもやを落ち着つかせてくれます。
そもそもの悩みのタネはこれをくれた張本人なのですが。栗まんじゅうに罪はありません。
ありがたくいただくこととします。
「倉橋さーん」
唐突に肩を叩かれて、反射的に後ろを振り返ります──が、むにっと何かが頬を突く感触で止まります。
それはどうやら、私の肩に置かれた人差し指のようです。
こんな気安いいたずらを仕掛けてくるような友人は、私にはいないはずなのですが。
「あ、ごめん。お食事中?」
彼女は、口元に薄い笑みを浮かべて覗き込んできます。
「……早川さん」
「やほー」
私を突いていた手をあげ、気の抜けた挨拶をしてくる彼女は、早川さんでした。私の斜め前の席、つまりは坂本くんの前の席の方です。
あまり会話をしたことがないので彼女について知っていることは名前くらいです。
ただ、坂本くんとは別の意味で腹の読めないタイプの印象があります。特にたれ目がちな瞳は、吸い込まれそうなほど黒く、こちらの感情の波を機敏に盗み見見ているように感じます。
この感じ、どこかで感じたことがあるような気がします。ああ、ぴったりとハマる言葉が見つかりません。
「どこにもいないから超探した」
「……すいません」
「5限の清水先生、体調不良で、2組と合同で体育に変更だってさ」
「ああ……、分かりました」
伝言を伝え終わったいうのに、早川さんはそのまま私の隣に座り直しました。
片膝に頬杖を突いて、じいっと私の方を覗き込んできます。
「倉橋さんって、当たり前だけどご飯とか食べるんだね」
……一体私は何だと思われているのでしょうか?
「あ、栗まんじゅう。坂本の?」
早川さんの視線が手にしていた食べかけの栗まんじゅうに移ります。
「……はい」
私は渋々頷きます。
「はは、倉橋さんも大変だね」
「……じゃあ、早川さんから止めるように言ってもらえませんか。もしくは席を変わってください」
「んー……」
早川さんは少しだけ考えるような素振りをして、へらりと笑いました。
「無理かも」
予想通りの回答です。分かっていましたとも、ええ、もちろん。がっかりなどしていません。
「ふっ。面白いよね、坂本。突拍子なくて」
「……(面白くはない)」
「今日は馬だったからー……、次は……ま、ま……まくら、かな。楽しみ~」
「……(楽しくはない)」
言いたいことを言い終わったのでしょうか、早川さんは立ち上がってこちらを振り返ります。
「じゃ、健闘を祈る」
「……」
健闘を祈るな、と口からでかかった言葉をぐっと飲み込み、軽い足取りで遠ざかる早川さんを見送りました。



