隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。


 先頭を歩く早川と丹生さんの後に続いて、昇降口までやってきたが、下駄箱まで後少しと言うところで早川達が急に立ち止まった。

 ぶつかる寸前でなんとか急停止。

 「え? どした──痛っ!」

 襟首あたりを掴まれて強制的にしゃがまされる。

 文句を言う前に、同じようにしゃがんだ早川がしーっと人差し指を立てた。

 壁沿いに背を預けて、息を顰める。
 早川が立てた人差し指をちょいちょいと、昇降口の入口方面を指差した。

 廊下の壁から少しだけ顔を覗かせて、俺は死ぬほど後悔することになる。

 「お探し物はこれですか。お嬢さん」

 長身の男が手にした折りたたみ傘を、誰かに差し出していた。ちょうど男の背中に隠れて誰が向こう側にいるのかは分からない、が。

 「……学校では話しかけないでって言ったでしょ」

 後頭部を思いっきり殴られたような衝撃が走った。

 聞き間違えるわけがない。
 落ち着いた声音は、間違いなく倉橋さんのものだ。

 え……待って。
 倉橋さんが、タメ口……?

 処理しきれない情報が耳からどんどん流れてくる。
 そんな俺を他所に、長身の男との会話は続く。

 「しらね。取りに来ないお前が悪い」
 「……」

 倉橋さんが折りたたみ傘の方へ手を伸ばす。
 しかし、それはさらに高く掲げられて、男は鼻を鳴らした。

 「いらないなら良いけど」
 「……はいはい。どうもありがとう」
 「可愛くない。もっと可愛く言って」
 「殴られたいの?」
 「……冗談だって」

 軽口の応酬をして、倉橋さんは折りたたみ傘を奪い取る。

 ……は?
 なんそれ? は???????
 なにそのやりとり???? は????? 

 さらに混乱を極める俺の頭に、さらに爆弾が投下された。


 「──今日、うち寄ってけよ」


 ……キョウウチヨッテケヨ?
 キョウウチヨッテケヨ??????
 キョウウチヨッテケヨって何?
 キョウ、ウチニ、ヨッテクってこと……????

 は??????????
 は?????????????

 「……分かった」
 「じゃ。俺先行ってる」

 軽く手を振って男は去っていった。
 残された倉橋さんもしばらくしてその場を後にした。

 残された俺たちは、というか俺は放心状態のままぼーっと入口の方を眺めたまま動けない。

 「あのー……坂本、だ、大丈夫?」
 「……」
 「坂本? 坂本〜?」
 「早川さん。そっとしとこう」
 「まじでごめん。ほんとに。わざとじゃ無い。断じて」
 「あはは……今の、白波瀬(しらはせ)くんだよね、多分」
 「白波瀬? 5組の?」
 「早川さん、知ってるの?」
 「えっ……ああ、まあ……ちょっと前に噂を小耳に挟んだんだよねー。ほら、白波瀬くんって、女子から人気だし」

 早川がちらりとこちらを伺うようにしてみやる。
 それから、歯切れの悪く口を開いた。


 「5組の白波瀬くんと倉橋さん、中学の頃、付き合ってたって」


 最悪の夏休みの幕開けだった。