「──今後一切私に関わらないでください。迷惑なので」
笑顔なのに瞳の奥が一切笑っていない。
今まで冷たくあしらわれる事はあっても、こんなにも冷たい瞳で見下ろされた事はない。
つまり、なにが言いたいかと言うと。
隣の席の倉橋さんを、ガチギレさせてしまった。
……と言っても、いきなりこんな急展開は頭が追いつかないだろう。
まずは順を追って話そう。
事の発端は6日前まで遡る。
☺︎
「坂本ってさ、倉橋さんと付き合ってんの?」
倉橋さんとの保健室の一件があった翌日、昼休み。
コロッケパンを食べていた俺のところへやってきたやつの、第一声だ。
名前は確か……、小野寺やったっけ?
バスケ部らしい爽やかな風貌の男だ。転校してきてから会話をしたのは、一、二回程度であんま絡みがない。
昼休みになると倉橋さんは必ず教室を出て行く。まるでそのタイミングを見計らったかのように、話しかけてきたのだ。明らかに怪しい。その辺から嫌な予感はしていた。
「なんで?」
「なんでって……」
小野寺は少し照れ臭さそうに、頬をかいた。
「倉橋さんのこと、ちょっといいな……って、思ってさ」
青天の霹靂。
稲妻が全身を駆け巡るとはまさにこの事。
言葉を失う俺のことなどお構いなしに、小野寺は続ける。
「最近、倉橋さんよく笑うじゃん。たまたま話しかけた時に笑ってくれたの、すごいその……いいな、って」
「……」
は?
……は?
「だから、坂本と付き合ってんのか、知りたくて」
「……付き合ってはないけど」
“は”をかなり強調して答えたものの、浮き足立つ小野寺の心を揺さぶるには弱すぎる攻撃だったようで、俺の返答を聞いた途端、露骨に肩を撫で下ろした。は?
「あ〜〜まじで良かった! 安心した! ありがとな、坂本!」
そうして、爽やかな笑みひとつ残して、小野寺は去っていった。
……は?
え……、は?
コロッケが飛び出るほどパンを握りしめたまま放心する俺の傍らで、いつからか様子を伺っていたらしい早川が、口元に手を当てて、俺の顔を覗き込み、せせらと笑う。
「坂本ぉ、今確実にライバル増えたよ。いいの?」
「……」
「倉橋さん、無表情で黙ってると超話しかけづらいけどさぁ、側から見たら普っ通に美人だからねー。そんな倉橋さんが笑顔で話してくれたら、その辺の男はもう、イチコロでしょ」
「……いち、ころ……?」
「うん。秒殺」
「……」
俺は頭を抱えた。
やばい。どうしよ。
世界が倉橋さんの魅力に気付きはじめとる。
クラスで知ってるのは、俺だけやったのに。



