隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。


 「何故そんな努力を?」

 何気なく問いかけただけなのですが、坂本くんが恨めしそうにぐぬぬと奥歯を噛み締め、そっぽを向きます。

 「……だって、悔しいやん」
 「?」
 「俺ばっか、こんな、倉橋さんに振り回されまくってさ。ほんま、俺倉橋さんのせいで、頭おかしくなってんねん。そんなん、なんか……ずるいやん……だから、ちょっと意趣返ししたなって」
 「……ふ」
 「ちょお、そこ。笑うとこやないんですけど」
 「ふふ……す、すいません」

 口を尖らせる彼の不貞腐れた顔がツボに入って、私の笑い声がさらに大きくなっていきます。
 
 「もお、あんま笑わんとって。俺真剣で悩んでたんやけど!」
 「ふふ……ごめんなさい、だって、おかしくて」

 私は目尻に浮かんだ涙を拭って、顔を上げます。

 「私は、今すごく気分がいいです」
 「なーにそれ。酷くない?」

 ムッとする坂本くん。

 「散々振り回された坂本くんを振り回せるの、気分がいいです、って……言ったら、怒りますか?」
 「なっ」

 かあっと顔を赤く染めた坂本くんが、何か文句でも言いたげに口を開けて、はくはく、と動かしますが、やがて諦めたようにため息を吐きました。 

 そして、小さな声で言うのです。

 「……俺が倉橋さんの笑顔に弱いって、知っとる癖に」
 「ふ。そうですね」
 「はぁ〜〜〜、もう。ズルい、倉橋さんズルい。不公平やぁ」
 「なんとでも言ってください」




 ──などと、坂本くんと会話したのが、約一週間前。

 私は、現在、申し訳なさそうに縮こまる坂本くんの姿を見下ろしています。

 そして、満面の笑みで告げました。

 「今後一切私に関わらないでください。迷惑なので」
 
 ああ。
 一体何故こんなとこになってしまったのでしょう。