彼がなんのために平常心を装っているのか分かりませんが、彼の頑張りに水を差すのも野暮というものです。
気づかないふりをするのが、大人の対応というものです。
「──というわけで、来週は校外学習で動植物園に行くぞ〜。いっとくが遠足じゃないからな。スマホで写真撮ってもいいが、レポートの提出あるから、レポート用の写真も忘れないように」
その日のHRで配られたプリントには、校外学習の日程や必要な用具が書かれていました。
幼少期に遠足で何度か行ったことのある有名な動植物園です。
クラスの大半も行ったことがあるのでしょう、やる気のない生返事ばかり上がる中、1人だけテンションの高い人がいました。
「マジか! パンダ見れるやん! すごっ」
お察しの通り、坂本くんです。
「なんやっけ……テンテン……?」
「……(それは餃子です)」
坂本くんは素で嬉しかったのか、プリントを手にしたままこちらを振り返りました。目をキラキラにさせて。
「倉橋さんはパンダ見たことある?」
「小さい頃に一度だけ」
「ええ〜すごっ! 大阪にはパンダおらんから、俺初めてや。生テンテン!」
「……(生餃子?)」
坂本くんは、ご機嫌な様子で口元を緩めました。
「倉橋さんは、パンダ好き?」
まあ。好きか、嫌いかと言われれば。
「好きです」
私の言葉を聞いた彼の瞳が、ぐらりと大きく揺れ動きます。
「……坂本くん?」
顔を覗き込むとその瞬間、ぷしゅー、と効果音が聞こえるんじゃないかというほど、坂本くんの顔が沸騰しました。
坂本くんは、ぁ、とか、ぅ、とか声にもならない上擦った声をあげて、突如、がん!っと勢いよく机に突っ伏しました。
すごく痛そうな音がしました。絶対痛いやつです。
奇行に走る坂本くんに呆気に取られる私を他所に、淡々と校外学習の説明を黒板に書いていた先生が、チョークを持つ手を止めて振り返りました。
「今すごい音したけど大丈夫か〜?」
斜め前に座っている早川さんが、さっと手を上げました。
「坂本が自爆しただけなので、大丈夫でーす」
「そうか〜。悪いが倉橋、HR終わったら坂本、保健室に連れてってやれ」
机に伏せたままピクリとも動かない彼の丸まった背中を一瞥して、私は仕方なく頷くのでした。



