翌日、登校した彼の机の上には一つのりんごが置かれていました。
幸い、彼は何かの用事でしょうか、机には着席しておらず、りんごが一つ取り残されていました。
今日の授業に美術は無かったはずです。
デッサンで使用しない限り、丸ごとのりんごを学校に持ってくる理由が分かりません。
私が知らないだけでこの高校では馬や牛でも飼っているのでしょうか。
いえいえ、ここはそんな放牧的な立地ではありません。
もしかして……お供え物……?
私の知らぬうち、坂本くんはお亡くなりに……?
ですが、そういった不幸事の場合は、花を添えるのが一般的ではなかったでしょうか。
何故、りんごなのでしょうか。
転校して数日にしてクラスメイトを掌握し新興宗教でも立ちあげ、教祖として祭り上げられならない限り、お供え物を差し出されることはない気がします。
だとすれば、坂本くんはアメリカンスタイルの朝食を嗜む方なのでしょう。
アメリカの方はランチはりんごとサンドウィッチが定番だと英語の教科書に載っていましたし。
「倉橋さん、おはよう」
噂をすれば坂本くんです。
なるべく平静を装って、私ははい、とだけ返事をします。
いけません。
昨日、彼とは極力関わらないようにと誓ったばかりです。
たかだか机にりんごがひとつ置かれているくらいなんだというのでしょう。
ああ、ですが、気になってしまう自分がいるのも確かです。彼はりんごに対してどんな反応をするのか。
ばれないよう横目で、彼の動向を確認します。
「ふぁ〜ねむっ……」
大きなあくびをして目をこするその間にも、彼の前にはりんごが鎮座しています。
私はその様子を固唾をのんで見守ります。
彼はおもむろにりんごを手にしました。
やはり、食べるつもりなのでしょうか?
学校でりんご丸ごとかぶりつくスタイルは些かお行儀が悪いような気もしますが、それは私には全く関係ないこと……などと私が考えている間に、彼は何を思ったか、手にしたりんごを口の中に──ではなく、鞄の中に仕舞い込んだのです。
そして、何事もなかったように私に問いかけます。
「一限なんやっけ?」
「……、現代文です」
「まぁじか〜、今日朝飯食ってへんからやばいわ。秒で寝てまう」
「……」
口を噤み、私は天を仰ぎました。
そして、心の底から思うのでした。
じゃありんご食えよ……、と。



