「なんや無性にチーズ蒸しパン食いたなってきた。購買に売ってたっけ? チーズ蒸しパン」
呑気に会話を続けようとする坂本くん。
イーゼル越しでしか見えませんが、彼の筆は動いているようには見えません。
「坂本くん」
「あ、倉橋さんもいる? チーズ蒸しパン」
「いりません」
「そっかぁ〜」
「随分余裕そうですね。あと10分しかありませんけど。課題が終わったようで何よりです」
「ご、ごめんて。ちゃんとやるから怒らんといて」
「別に怒ってません」
坂本くんは悪戯を叱られた小学生みたいにしょんぼり肩を落として、鉛筆を走らせます。
時折スケッチブックから視線を外して、ほんの一、二秒だけ私を見やると、スケッチブックに視線が戻ります。
その姿をなんとなく眺めていたせいでしょうか。再び顔を上げた坂本くんと目線が交わります。
坂本くんは少しだけ眉をあげ、ぱち、ぱち、と瞬きをした後、何事もなかったかのようにふいっと目線を外されました。
金曜日の坂本くんだったら、爆発する勢いで顔を赤らめていたような場面です。
ところがどうでしょう。
目の前に座る彼は、赤らめるどころか私のことを石膏像か何かだとしか思っていないかのような反応です。
その反応が、……なんか、無性に納得がいきません。こっちを振り向かせたくなって、私は口を開きます。



