その日、坂本くんは本当にいつも通りでした。
英語の読み合わせで一生教科書と睨めっこすることもなく、たまたま教室のドアで鉢合わせたときも平然としていましたし、よそ見して顔面デットボールも食いません。
慌てふためく彼の姿が見れないのは、なんと言うか……いえ、決して、特にこれといった深い意味はありませんが。
「ちょお、倉橋さん」
午前中降り続いていた雨足がようやく上がり、まばらに霧散する雲の隙間から差し込む太陽の光で美術室が照らされています。
向かい合うようにして座った坂本くんが、イーゼル越しに、窓の向こうを指さしました。
指し示す方向を振り返ります。
「見て、あの雲」
「?」
「めっちゃ北海道」
「……」
確かにとても北海道の地形に似た雲ではありますが。
今は美術の授業の真っ最中です。
30分交代で隣の席の人をデッサンする課題で、しかも残り時間はあと10分しかありません。雲の形について論じている時間はないのです。



