隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。

 
 話が脱線してしまいました。
 そうです、私の悩みについてです。

 そんなこんなで、初日からの1週間、私は坂本くんと教科書を分け合うだけの関係でした。

 授業中以外で話しかけてくるのは、おはよう、とまた明日、くらいなもので、至って平穏な高校生活を送っていました。

 金曜日を最後に坂本くんとの会話もさらに減ることでしょう。

 何せ頼んだ教科書が届けば、私はお役御免です。
 やっと息が付けると、軽く考えていたのが、短絡的過ぎたのです。

 彼が奇行に走り出したのが、転校してから2週目の月曜日のことでした。

 その日、日直の当番が回ってきた私は、いつもより少し早く登校しました。

 当番はふたりペアで、隣の席の人とやることになっていました。

 つまりは、坂本くんです。

 日直といっても、仕事は多くありません。
 黒板を綺麗にして、花瓶の水の入れ替え、日誌を取りに行く、クラスに配るプリントの印刷くらいなものです。

 坂本くんはプリントの印刷と日誌を取りに職員室へ。
 
 残された私は、誰もいない教室で黒板を掃除して、黒板消しの粉を払うべく、窓側へ向かいました。

 両手に嵌めた黒板消しを合わせ、ぱんぱんと払っていると、教室のドアが開く音がしました。

 おそらく、職員室から戻った坂本くんでしょう。

 振り返ったら坂本くんと何かしら会話をしなくてはならないと思った私は、すでに粉の出なくなった黒板消しを何度も叩き合わせます。

 話しかけるな話しかけるな、と唱えていた私の念はどうやら彼には伝わらなかったようです。

 「倉橋さん、倉橋さん」

 流石に無視するのは、良くありません。
 私は諦めて、声のする方を振り返りました。

 「なんで、」

 すか、と続けようとして私は言葉を失いました。

 その時、私は人生で初めて意味がわかならなさすぎて、恐怖を感じました。

 なぜなら、彼は――全力で変顔をしていたからです。
 俗に言うイッちゃってる顔です。

 「えっ……な……」

 怖ッ……。

 動揺の余り、私は後退りしました。

 しかし、後ろは窓です。逃げ場がありません。
 何ということでしょうか。私の人生ここで終わりかもしれません。

 手から力が抜けて持っていた黒板消しの片方を、ぽとり、と落としてしまいました。それは、あろうことか彼の足元まで滑っていきます。

 ただならぬ緊張感の中、坂本くんはスンっと表情筋を正しました。

 the真顔です。

 意味が分かりません。怖すぎます。

 足元の黒板消しを拾い上げると、私の方に差し出しました。

 「落ちたで」
 「……どうも」

 いきなり変顔をかましてきた坂本くんは果たして同一人物なのか、疑いたくなるほどいつも通りの坂本くんです。

 彼が何を考えそんな奇行に走ったのか、質問を投げかけようかとも思いましたが、タイミング良く(悪く?)、教室にクラスメイトが入ってきて、止めることにしました。

 そして、改めて私は思ったのです。
 怖いから関わらんとこ、と。