「あの。一つ聞いてもいいですか」
「……はい」
「何のためにこんなことしてるんですか」
「……」
「答えてください」
「……絶対引くから嫌や」
「引きません」
「……絶対やで? 絶対の絶対に引かんといてな?」
「はい。絶対の、絶対に、です」
「……わ……ら……」
「はい?」
小鳥のさえずりにさえかき消されそうな声でごにょごにょ喋るものですから、まったく聞き取れず、私は彼の方へ耳を傾けて聞き返しました。
すると、坂本くんは突然俯いていた顔を上げました。
「~~~! 倉橋さんの笑った顔が見たかってん!!」
てん…てん…と教室中に坂本くんの声が響き渡ります。
彼の言葉が私の頭をぐるぐると駆け回りますが、意味を飲み込むことができずに思考停止します。
私の笑った顔が……見たくて……?
私の笑った顔が……?
「……」
「やっぱ引いてるやん! だから嫌やって言うたのに……」
「いや……その……はい。……すいません」
「やめて、謝らんとって! 余計傷つく!」
被り物越しに両手で顔を覆ったまま、坂本くんがぽつぽつと語り始めました。
「転校してきて1週間くらい経った頃やったかな……、外でたまたま倉橋さんを見かけたんよ。コンビニの前で雨宿りしててん」
「……」
「そしたら急に、しゃがみこんでぶるぶる震えだすから、倉橋さん腹でも痛くなったんちゃうかて。声かけようか迷ってん」
「……」
「でもさ、よお見たら倉橋さん、吹き出してめちゃくちゃ笑うてたんよ」
「……(いや、恥っず……)」
学校外でひとりで盛大に吹き出し笑いをしていたところを目撃されていたらしいです。
しかも見間違いとかでなく全然私のことです。
心当たりしかありません。
普通に恥ずかしいです。穴があったら入りたいです。
「倉橋さんも笑ったりとかするんや、とか思ったら、なんでかよお分からんけど、無性にもう一回、見たなって。せやから……、」
「馬?」
「……うん」
ようやく、彼の奇行の理由が分かりました。
いきなり変顔をかましてきたことも、身を削る大掛かりなしりとりも、私を笑わせるための芸だったのです。
「けど、倉橋さん笑うてくれへんし、どうしたらええか分からんって悩んでたらクラスの奴らが色々協力してくれてん……」
だからですか。クラス全員無反応だったのは。
「つい最近まで、このクラスで正気なのは私しかいないのかと本気で疑っていました。まさかクラスぐるみだったんですね」
坂本くんは勢いよく頭を下げました。本日二回目の土下座です。
「ほんっっまにごめん!! 倉橋さんの気持ち、なんも考えんと嫌な思いさせて……俺ほんまやな奴や……合わせる顔がない……」
しょぼくれる姿を見ていたら、今まで私が苛立っていた感情が泡のよう消えていきます。
こんな事、本人には口が裂けても絶対に言えませんが、私は結局、ら、の次の言葉がなんだったのか気になっていたのです。名残惜しく思うくらいには。
だから、坂本くんが私の隣の席にやってきてからの日々は。



