隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。


 時間が過ぎ去るのはあっという間だ。
 時刻はすでに17時を回っている。

 夕暮れ時のチャイムが潮風に乗って、耳を掠める。手にしたゴマあざらしのストラップが、翳した夕日の中で揺れる。

 「……ふふ」

 横から笑い声が聞こえた。

 「ご機嫌ですね」
 「……俺ってそんな分かりやすい?」
 「鼻歌まで聞こえてきました」
 「……倉橋さんには隠し事出来へんね」

 ストラップを握り、ポケットに忍ばせる。
 もう片方の手はもうずっと、彼女の手を繋ぐための大役に引っ張りだこだ。

 「今日一日、いい日こと尽くしやな〜って、思って」

 繋いだ手を少し大袈裟に揺らすと、彼女は鈴を鳴らしたように笑う。

 「倉橋さんと、いろんな魚見て、ご飯食べて、イルカにペンギンにイワシに……、それにお揃いのキーホルダーも買えたし!」

 倉橋さんに向かってピースすると、腑に落ちない顔で、そんな喜ぶようなことか? と言いたげに首を傾げている。

 めっちゃ根に持つ器のちっさい男やと思われたくないから、理由は口が裂けても言えへん。実際そうなんやけど。

 「家帰ったら、ちゃんと鞄につけてな?」
 「はいはい。それはもう耳にタコができるほど聞きました」
 「イースト菌マンはウチで留守番させてな?」
 「……もう、明日学校で好きなだけ確認してください」

 倉橋さんが、ため息をついて頷く。

 俺のしょうもないわがままを聞き入れてくれているんだと思うと、口角が天まで突き抜けてしまいそうになる。

 つい緩んで仕方がない頬をさすっていると、ふと、彼女の手元の袋に目が行く。

 “臨海水族館”のロゴが入った袋は、お土産屋さんでキーホルダーを買う時に、購入者キャンペーンのくじ引きで引き立てた景品だ。

 「……あ、てかくじ引きで何当たったん?」
 「これですか? 花火セットです」
 「夏ももう終わりやのに」
 「売れ残りですかね? 兄にあげます」
 「えっ」
 「?」
 「倉橋さんって兄貴いるんや」
 「いますよ。騒がしいのが2人」
 「ええっ(めちゃくちゃ末っ子……! 意外! 可愛い!)」
 「そういう坂本くんはどうなんですか」
 「俺? 俺は、弟が1人おるで」
 「ふふ。確かにお兄ちゃんっぽいかも」
 「うぐっ……(お兄ちゃん呼びの破壊力すごォ……)」

 たわいない会話をしているうちに、駅に到着した。ちょうど、踏切の遮断桿が降りて、カンカンカン、と踏切の信号が鳴り始める。

 「ちょうど、電車が──」

 入り口へ足を進めた彼女の手を、引っ張る。

 振り返る彼女の髪が、風にそよぐ。

 信号の音と同じくらい鼓動が高鳴る。冷たかった彼女の指先は、俺と同じ体温に浮かされて、燃えるように熱い。

 「また、俺とデート……してくれる?」

 彼女は笑う。
 俺が一番好きだと思った、笑みで。

 「喜んで!」