隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。


 「! ご、ごめん!!」

 屈んでいた腰を伸ばして、すぐさま距離を取る。

 「い、いえ……私の方こそ、すいません」

 心臓がドキドキを通り越して、ドコドコしている。もはや、和太鼓の大演奏だ。

 どうしよう。倉橋さんの顔、まともに見れやん。顔、あっつ……。

 むず痒い雰囲気の中、イワシショー開始のアナウンスが流れて、通りすがりの人たちが一気に水槽に集まってくる。

 「わ、」
 「倉橋さん!」

 寄ってきた観客に背中を押されて、倉橋さんの身体がぐらつく。思わず、彼女の腕を掴んで引き寄せた。

 「……ありがとう、ございます」
 「……ううん」

 彼女の視線が、俺と繋がれた腕の方へ落ちる。

 「あ、ごめん……」

 すぐさま掴んでいた力を緩めると、彼女の腕がするりと解ける──、

 「……坂本くん?」
 「……」

 その直前で、彼女の手を掴んだ。

 俺よりも一回り小さな手を握ると、ひんやり冷たい体温に、俺の熱が移っていく。うっかり力加減を間違えたら、壊してしまいそうで怖い。

 でも、このまま、離したくない。
 少しでも長く、彼女の体温を感じれる距離にいるための口実が、欲しい。

 「倉橋さん、」
 「は、はい」
 「……俺が迷子にならんように、このまま、手繋いでて?」

 きゅ、と繋いだ手に優しく力を込める。

 「…………、はい」

 小さく頷く彼女の声は、周りの歓声に溶け込むほどか細い。

 でも、俺は……もう、たった二文字の返事だけで──他の何もかもが目に入らないくらい、全てが彼女の虜になってしまった。