互いにどんな会話を口にしていいのか分からず浮ついた空気の中、館内に戻ると──ちょうど大群のイワシショーが始まろうとしていた。
閉館前最後のショーだからか、人でごった返している。人の波に押されて、うっかりはぐれてしまいそうなくらいの混雑具合だ。
「倉橋さん、はぐれんように……えっ?」
後ろを振り返ると、さっきまで俺の後ろを雛鳥みたいについて回っていたはずの、倉橋さんの姿がない。
慌てて辺りを見回すと、「さ、坂本くん!」と俺に向かって手を挙げる彼女の姿が数メートル先にある。
ウワァーーーー!!!???
いつの間にあんな遠くに!?
「すいませーん! すいませーん! 通ります!」
人の間を縫って何とか倉橋さんの元に辿り着いた。
「倉橋さん、こっち!」
彼女の手を引いて、人混みを抜け出す。
「はあ……はあ……倉橋さん、無事?」
「な、なんとか……」
上がった息を整えながら顔を上げると、同じタイミングで顔を上げた倉橋さんと、
「よかっ──」
「ありが──」
吐息がかかるほどの至近距離にいた倉橋さんの鼻先と、俺の鼻先がちょん、と触れた。
彼女の見開いた瞳の中に、同じくらい顔を真っ赤にした俺がいるのが見えた。
微かに金平糖のような甘やかな香りがして、遠くに飛ばされた意識が急激に浮上する。



