隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。


 ほんまは、自信ない。
 今日、倉橋さんは楽しんでくれてるのか。

 聞きたいけど、聞けない。
 聞いたら、今まで築いてきた関係値が、今日で全部崩れるような気がして。

 観客席の中に俺を待つ後ろ姿を見つけて、立ち止まる。一歩を踏み出す勇気が出なくて、足がすくむ。

 そんな時だ。

 プールの方を眺めていた彼女が、不意にこっちを振り返った。

 沢山の観客が行き交う中に俺を見つけると、彼女の不安げだった表情が、一瞬にして変わる。
 まるで、彼女の周りだけ、ふわりと花が咲いたみたいに、笑った。

 「おかえりさない」

 ギュウウウウっと、心臓が締め付けられるように痛い。

 なんなん。
 なんで、そんな顔するん。
 余計分からんくなるやん。
 俺ばっか、こんな、好きになるやんか……。

 「……おまたせ」

 彼女の席に座って、手にしていたお茶を手渡す──が、すんでのところで止まる。

 手を伸ばしかけていた倉橋さんが、キョトンと目を丸くして、俺を見上げた。けれど、すぐさま視線を外される。まさに梯子を外された気分だ。

 これ言ったら、絶対後悔する。
 頭では分かってる。分かってる……のに、確かめたくなってしまう。

 「倉橋さん──これを終わったら、帰ろっか」
 「……え」

 か細い声が、ポトリと落ちる。

 「疲れたやろ? 明日学校やし。あんま帰り遅いと、朝辛なるから」

 倉橋さんはただ何も言わず、俺からお茶を受け取ると、無言で頷いた。

 自分で口にしておいて、猛烈な後悔が心を支配した。

 これが彼女の答えだった。

 俺は、その小さな背中を見ることさえしんどくなって、イルカショーの最中も一切彼女の方を向くことが出来なかった。