隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。


 その声に懐かしさを感じて、顔を上げる。

 ちょうどファミレスから出て来ただろう、部活帰りの高校生の中に見知った顔を何人か見つけた。

 駆け寄って来た1人が、強引に肩を組んで脇腹を肘で突いてきた。

 「南〜!! いつこっち帰って来たん!? 帰ってくんなら連絡せえや!」
 「ごめんて」
 「おーい、みんなー! 南おるで!!」
 「南ィ? ほんまにおるやん!」

 ファミレスから続々と出て来た旧友たちに囲まれてしまった。


 一年前まで、俺の苗字は、”南”だった。

 オカンが再婚して、”坂本”になってからも、同級生は俺のことを”南”と呼んでくれていた。

 転校して来て”坂本”とか、”坂本くん”って呼ばれることに初めは違和感を感じていたけど、いつの間にか馴染んでしまったせいだろうか、”南”と呼ばれることが少し、くすぐったい。

 1人の友人が俺の頭を掻き回して、歯を見せて笑った。

 「いつまでこっちおるん? 遊ぼうや!」
 「明後日までは──」
 「侑?」

 自分の名前を呼ぶ声を聴いた瞬間、血の気が引く。

 だって、俺のことを侑を呼ぶのは家族以外に、一人しかいないから。

 無意識のうち、左頬に手をやる。

 瞼の裏側に広がる光景は、裏切り者を睨みつける充血した目だ。

 『最悪やな、お前』

 あの時殴られた痛みも、口に広がる鉄の味も、教室中の騒めく声も、つい昨日のことのように鮮明に思い出せる。

 『なんで、今まで黙ってたんや? お前は、俺の話聞いてた時……どんな気持ちやった?』

 『……俺たち、親友じゃなかったんか?』

 再び瞼を開け、過去の記憶を遡るように、俺はゆっくりと顔をあげた。

 重なるように見えたその光景は、しかし、薄靄のように徐々に薄らいでいく。

 「……朝日……」
 「久しぶりやな」

 ぎこちなく笑う彼の瞳には、裏切られたことによる憎しみでなく──戸惑いの色が浮かんでいたからだ。