「私、さっきまで坂本くんとは一生口を聞いてやるか、くらいに怒ってたのに。……今は、あなたにどう許してもらおうか、考えてる」
「……」
「どうか、教えてくれませんか? 坂本くんの機嫌の直し方」
指を離すと、彼はコンロについた火みたいにぼっと顔を赤くしました。さっきとは違う意味で、瞳がぐらぐら揺れています。
坂本くんは私の様子を伺うみたいに、恐る恐る口を開きます。
「じゃあ……これから毎日、おはようと、おやすみ、って俺にメッセージ送ってくれる?」
「はい」
「それから……、俺も連絡してもええ?」
「もちろん」
「返事は3……2、ううん……1時間以内にしてくれる?」
「ふふ。分かりました」
「そっけない返事は嫌やで? スタンプだけとか」
「ちゃんと返します」
「……急に声聞きたなったら、電話もしてええ?」
「いいですよ」
みるみるうちに彼の表情が明るくなっていくのが分かります。それが無性に可愛く思えてしまうのは、私が相当に毒されているからでしょうか。
坂本くんは、それから、と口に出して、一旦止停止。首を傾げて、彼の言葉を待ちます。
膝に置いた私の指先を坂本くんが触れました。やがて私の指先を掠めるだけだった彼の熱が、徐々に深く浸食されていきます。
「……倉橋さんとどっか行きたい。ふたりで」
この後に及んでまだ、不安の色を宿す彼には、いい加減、分からせる必要がありそうです。
私は絡めた指に力を込めて、微笑みます。
「喜んで」
彼は少しだけ目を張って、パチパチと瞬きを繰り返します。そうして、口元を緩めて言いました。
「……倉橋さんって、すごい」
「何がですか?」
「俺の機嫌直すツボ、全部知ってるみたい」
彼の周りの空気がふっと和らいだのを察して、悟られぬようにホッと肩を撫で下ろします。
すっかり上機嫌になった坂本くんが、繋がれた手をぎゅ、ぎゅと、握り返していると、あ! といきなり声を上げました。
「一番大切なこと言うん、忘れてた!」
「?」
坂本くんが頬にかかった私の髪を掬い、顎のラインに沿うようにして耳にかけました。
「──今日の倉橋さん、世界でいっっちばん綺麗や!」
ばん、と背後で花火が打ち上がる音が聞こえました、そして、同時に私の鼓動も最高潮に達したのです。
多分この世界が小説だったなら、こう書かれるのでしょう。
恋に落ちる音がした、と。



