迷子になった。
ダメ元で電話をかけてみるけど、この人通りだ。案の定電波が悪くて繋がらない。
電話を切って、案内板の前で立ち尽くす。
はあ、どおしよ。
この人混みやし、今更合流できる気もせんし……帰ろっかな。
それに、万が一、億が一。
浴衣姿の彼女とアイツが手を繋いでいるところなんて目撃した日には……、正直立ち直れる気がしない。
ため息を吐いて、踵を返した時、俺の腰辺りに何かがぶつかってくる。
ぐらついた影を慌てて支えると、小学生2、3年くらいの男の子が、ごめんさなーい! と勢いよく頭を下げて、近くで立ち止まっていた友人の元へ小走りで合流する。
「おい、モタモタすんなって!」
「もうすぐ神楽の行列来るってさ! 早く並ぼーぜ!」
……神楽?
彼らの向かう方向へ視線を巡らせる。
本殿へ続く石畳の参道を二つに隔てて、ぞろぞろと集まった人が列を成していく。
興味本位でその列に加わり、しばらく待っていると、石段の方から神楽囃子の音がかすかに聞こえてくる。
その音はこちらへ近づくほど、徐々に鮮明になる。
「巫女さんだ〜綺麗だねえ」
「ほんとだね〜」
すぐ隣に立っていた親子が笑顔で言葉を交わす傍らで、俺は人混みの隙間から、見た。
「──」
それは、まるで夏夜に浮かぶ月の様に美しく、誰よりも光り輝いて見えた。
暗がりの中、提灯の光で照らされたその透き通る白い肌は、薄衣を纏ったかのように朧げで。そのせいか、目尻と唇に引かれた紅の朱色がやけに鮮明に見える。
一度目にしたが最後、目が離せない。
彼女の周りだけが、雑音すら近づけない清らかな神域に包まれているみたいだ。
無意識のうち、俺は彼女の名前を呼んでいた。
聞き取れないほど小さな声だったはずだ。
けれど、ずっと伏せらせていた睫毛がぴくりと震えた。絹糸のように艶かに流れる髪の隙間から、凪いだ瞳がゆっくりと開かれ──目が合った。
時間にして一秒にも満たない、瞬く間。
その一瞬で、十分だった。
俺の心は、奪われてしまった。
神楽囃子の音と共に、彼女は板の上を軽やかに舞う。
月光に照らされた彼女の肌の白が、夜の青と混じり合い、誰も寄せ付けない神々しさすらあった。指の一本一本全てがしなやかで、鈴を鳴らすたび揺れる袖すら、彼女の意のままであるかのよう。
誰もが息を呑んで、彼女の舞をただ見上げる。
「──」
ああ。どうしよう。
目が離せない。
一瞬でも目を離してしまったら、消えてしまいそうなくらい儚くて。
まるで、まるで──花の妖精みたいだ。



