隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。


 「──今日も無反応だったな〜、倉橋さん」

 私が正解を導き出したのと同じタイミングで、男子生徒の声が割り込んできました。それはどうやら、教室の中からです。複数人の生徒の談笑が開けた窓の風と共に微かに漂います。
 まさかクラスメイトの口から私の名前が出てくるとは思わず、ドアの手前で足を止めます。完全に入るタイミングを逃してしまいました。

 「侑、いい加減諦めたら?」
 「……うーん。そうやねんけど……」
 
 坂本くんの声がしました。どうやら、教室で会話している人の中に坂本くんもいるようです。
 
 「そんな似てんの? キヨコに」
 「ほんっまに、キヨコとそっくりやねん! 初めて倉橋さん見た時、キヨコの生き写しかとおもたもん」
 「まあ確かに……似てる……か?」
 「はあ? その目ぇ節穴か? よう見てみ! どう見ても倉橋さんやん!」
 「あー……まあ、目元とか似てるかも……」
 
 盗み聞いたわずかな情報から、点と点が線で結ばれていきます。詰まるところ、私は体のいい“代わり“だったのでしょう。キヨコさんが坂本くんにとってどんな関係性の人なのか探るのは下衆の勘繰りと言うものでしょう。

 全てがわかると、案外呆気ないものです。
 だというのに、湧き出てきた感情の正体に動揺が隠せませんでした。
 答えがわかれば、この心のもやもやは晴れると思っていたのです。ところがそのもやもやはさらにその雲を厚くし、より黒ずんでいくのです。
 この、感情に名前をつけるなら、それは。

 「……から、そろそろ帰るぞ」
 
 数人の足音がこちらに向かってくるのが聞こえた時には、時すでに遅く。 
 私が立ち上がる前に、ドアが開きました。

 「……倉橋さん!?」

 諦めて見上げると、大きく目を見開いて立ちすくむ坂本くんの姿がありました。徐々に事態を把握するほど、坂本くんの顔から血の気が引いていくのが側から見てもよくわかりました。

 ああ、なぜでしょう。
 なぜ、私は。

 スカートの皺を払いながら立ち上がり、鞄をかけ直します。
 静かに淡々と、湧き上がる感情を抑え込むように、言い放ちました。

 「楽しかったですか、私をからかうのは」
 
 なぜこんなにも、苛立つのでしょう。