ここ数日、本番に向け、実際に祭りの会場でもある蓮水神社での夜稽古が始まりました。
本殿まで続く、長い参道には屋台の骨組みが立ち、提灯で飾られ、立派な山車が準備されています。
本殿の裏手側にある、関係者だけが入れる宿舎が休憩所兼着替え場所になります。入り口の引き戸に手をかけた時、ふと、声がしました。
「──だから、言ったでしょう。あんな子に神楽を任せるなんて。白波瀬の御当主は一体何を考えてるんだか」
思わず手を止めてしまいました。
引き戸の向こう側から聞こえてくる、くぐもった声には聞き覚えがありました。
神楽の装束の裾直しを担当してくれた、婦人会の井上さんです。あとふたりほど声がしますが、記憶ありません。
「ほら、倉橋さんのところの……、事故で亡くなったじゃない? あの方の遺言だとか」
「遺言だったら余所者が神楽をやってもいいってこと? くだらない。せっかくの伝統が台無しじゃない」
「この前すれ違った時も軽い会釈だけしてさっさと行っちゃったのよ。まずは本家と分家に挨拶すべきでしょうに。余所者だから常識も成ってないのかしら」
「御当主もいくらなんでも甘やかしすぎだとは思わない?」
「あれよ、あれ。あの子のお祖母様は、元々御当主の婚約者だったじゃない。駆け落ち同然で逃げ出して、婚約が破談になったとか」
「まあ〜、ふしだらなこと!」
……今、入れる雰囲気ではなさそうです。
彼女たちが帰るのまでやり過ごすのが得策でしょう。
少し離れた場所に寂れた喫煙所を見つけ、ペンキのはげたベンチに腰を下ろしました。
とは言っても、彼女たちの会話はさらにヒートアップしており、静かな夏の夜では聞き耳を立てずとも筒抜け状態です。



