隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。


 「どうしたの?」
 「ん……んん。じいちゃんも昔おんなじようなことして、礼子さん……おばあちゃんにぶん殴られたな。バチーンて」
 「何言ったの?」
 「……可愛げのない女や」
 「…………、おじいちゃん最低」
 「ぐはっ」

 おじいちゃんは胸のあたりを抑えて、首を項垂れさせました。
 私の一言が相当に堪えたのか、泡を吹いてそのまま倒れる勢いです。

 「はあ……はあ……あかん、しんど……」
 「おじいちゃん、よく許してもらえたね。どうやって許してもらったの?」
 「礼子さんは花が好きでなあ。礼子さんが通うてた女学校の通り道に、綺麗な花畑があって、その花を摘んで学校終わりを待ち伏せしたわ」
 「ふーん。1週間くらい?」
 「いや、半年」
 「半年!?」

 おじいちゃんが遠い目をして、乾いた笑いを上げました。

 「はは……礼子さんはほんま気ィ強い女やったんや。話聞いてくれんどころか、ほぼ幽霊みたいな扱いやった。ほんま、半年間生きた心地せんかったわ。今でもあの頃の夢見て、心臓ギュンってなるで」
 「……」
 「その日は、梅雨入りで夕方から結構な雨降ってた。俺は校門の前でいつもみたいに礼子さんが来るの待っとったらな、傘差してくれてん。ほんで、萎れてしもた白い花を受けとって、”カミツレですね。私、このお花好きなんです”って言ったんや」

 おじいちゃんの声が心なしか柔らかくなりました。
 目尻の皺がさらに深くなります。

 「……生まれて初めてオカン以外の女性の前で泣いたわ。情けないやろ」
 「ふふ」
 「何回も謝って、ようやく許してくれてなぁ。そん時に礼子さん……おばあちゃん、なんて言ったと思う?」

 答えがわからず首を傾けると、おじいちゃんは私の頭に手を乗せて、優しく撫で出てくれました。

 「──」

 古い写真の中でしか知らない祖母が、カミツレを手にしながら口にしただろう言葉を、私にだけ聞こえるように教えてくれました。

 「この人には(かな)わんぁ、って思うやろ?」

 綿毛のように柔らかい微笑みを見て、おじいちゃんはまだ恋をしているのだろうと、思ったのです。