一番星にキス。

二人乗りでやってきた公園は静かだ。

普段は賑々しい公園の夜のすがたは、まるで別人みたいだった。

「星、きれー……」
「だろ?」

 尊は自転車を置くと、そのまま芝生広場の芝生の上に寝っ転がった。

「尊、なにして……ひゃっ!」

 腕を引っ張られて転がる。芝生の青いにおいと、遠くから聞こえる池の水音。

 そして尊の横顔。


 腕枕、だ。

尊の顔、近い。っていうか、この体勢……。

「いちご、教えて」

「へ?」

「星座、どれがどれなのか」

 吐息が耳に触れるくらいの距離で、尊がささやいた。
 私は熱くなる頬をなだめながら、指をさす。今の自分たちが、どんな風に見えているかは考えないようにした。

「あそこに四角が見えるでしょう。それほど明るくない星だけど」

「あ、あれ?」

「そう。それがペガススの胴」

「胴体か。顔は?」

「顔は……想像して!」

「雑!」

「そして、あそこに腰掛けてるのはカシオペヤ」

「腰掛けてる?」

「伸びちゃったW(ダブリュー)みたいなやつ」

 尊は眉根をよせた。どんな顔でもさまになる。

「あれは玉座なの。玉座に腰掛けている女性」

「そうなんだ、へー」


 尊は風で乱れた髪の毛をなでつけるついでに、私の頭をなでた。ぎゅん、と心臓が高鳴る。

「な、なんでなでるの!」

「撫でたくなったから。だめ?」

 だめ? って聞かれると、困る。だめじゃないから。

「べつに……」

「じゃあ、遠慮なく」

 私の、縛った髪の毛の、わずかな後れ毛を指にからめて、尊はため息をついた。

「早くでかい星になりたい。誰も見向きもしない六等星じゃなくて……」

「尊」

「そうしたら、憧れの場所に行けるのに」



 それは尊の、焦りだった。






「尊はもうアイドルなんだよ」



 私は尊の顔を見た。
 至近距離で、見た。
 
 言いたいことがたくさんあって、喉のおくでぐるぐる渦巻いていた。
 
 私はそれを、順番に、てきせつに、取り出さなきゃいけなかった。
 

「もうアイドルなんだよ。ファンもたくさん居るし、それに、…………それに、私にとっては一番星」

「いちご……」

 尊はゆっくりと私の頬を撫でた。

「一番星、か」

「そうだよ。尊のことしか見てない。尊のことしか見たくない。同じくらい、…………同じくらい、尊のこと、誰にも見られたくない、だって私、尊のカノジョだから」



 ああ……言っちゃった。言っちゃいけないこと。

「……アイドルになんか、ならないでほしかった。私と一緒に、学校で勉強して、放課後デートして、勉強して、卒業までいっしょにいて、」

「いちご」

「っ、……恋人みたいなことたくさんして、それ以上もして、大声で言えないこと、いっぱいして、それで、それでっ……」


「泣かないで」

 顔がしょっぱい。涙が尊の服に吸い込まれていく。


「私のカレシは尊だって、大声で言いたいよ……誰にも見せたくない……」

「うん」

「応援してる。嘘じゃない、応援してるの、ほんとだよ」

「うん」

「でも、同じくらい、尊に戻ってきてほしい。私だけの尊になってほしい……わがままだ……わがままでごめん……ごめんなさい……」

 私は尊にしがみつき、尊は私の肩を撫でた。涼しい風が涙を乾かしていく。涙が乾くより前に、新しい涙が流れる。


 ずっとこうしたかったんだと思う。