「光栄です」
朱音はそう思いながらも、微笑んで返した。
仕方がないことだ。
それは全て、驕った彼らが悪いのだから。
昔は、政略婚に拒否権などなかった。
時代を重ね、他の家と婚姻を結べるようになってからは、拒否も可能になっていた。
本当の結婚ならば、朱音ももっと考えなければならないだろうが、あくまで提示されたのは、契約結婚。
本当に籍を入れようが、その愛は決して永遠のものでは無いから。
朱音が二つ返事したのは、そのためだ。
「ーあ、それとですね、千景から契約にあたり、貴女の希望は全て叶えるように、と、言われています。何かやりたいことはありませんか?」
「やりたいこと、ですか」
「ええ。なんでも良いですよ。─ああ、流石に倫理的に認められないものなどもありますが」
両親が亡くなってから、自分がやりたいことなんて全て封印してきた。
嘆いたりする時間も無駄だと、心を閉ざした。
やりたいことは、沢山あったけど─…。
「……私、大学に行きたいです」
「大学、ですか?」
「はい。諦めなくて良いのなら、大学に進学したい。学びたいです。そして、その卒業までを保証していただければ、他に何もいりません」
学費とか、そういうものは全部、自分で払うから。行っていいよ、という権利が欲しい。
受験する権利が欲しい。
そう願うと、千陽様は笑った。
「勿論です。直ぐに手続きをしましょう。貴女の成績ならば、今からでも間に合います。では、契約の期間ですが、大学在学も考慮して、5年にしましょうか。いかがですか?」
「千景様や橘家に問題がなければ、私の方も問題ありません」
「分かりました。他に気になることはありますか?」
「そうですね……一応、亡き両親に厳しく躾られたので、礼儀作法においては問題ないかと思いますが、不安なので、それを指導して下さる先生を手配いただきたいです」
「わかりました。手配しましょう。他には?」
「他に?…………特にありません」
ちょっと考えてみたけど、何も思いつかない。
ここまで自分は欲がない人間だったかと、朱音はここ数年の弊害に、頭が痛くなった。
「ああ、でも、離婚の際のことは聞いておきたいです。橘家にご迷惑をおかけしたくありません」
「それは心配しなくても……ああ、でも、離婚する際には、朱雀宮に後ろ盾立ってもらいましょうね。細かい内容は、当人である千景と話し合ってもらいますが、朱雀宮にも協力を仰ぎます」
「えっ、そこまでして貰えるんですか?」
「大切なことですよ。言っておきますが、橘が云々という話ではなく、これは貴女の身を守ることになります。火神の件に関して、橘は何も言えませんが……朱雀宮が黙っているとは思えません。宗家に了承も取らず、貴女に緋ノ宮を継がせないなど、何、寝言を言ってるんだと怒るでしょう。朱雀宮の温情で、火神など存在しているに過ぎない。こちら側が書類に判を押せば、消える家です」
「はあ…、なるほど?」
朱雀宮様方の手を煩わせるのは避けたかったが、火神が何をしてくるのか分からないという点や、緋ノ宮の権限が未だに生きているなら、それらが生む危険性は、朱音も無視できるものでは無かった。


