七回目の、愛の約束




「ありがとうございます、千陽様」

家族が遺してくれたものは殆ど奪われてしまったけれど、知識は、作法は、今も私の中に。

それだけは消えずに、今も私は覚えてる。

「女避け、に、私は使えるでしょうか」

「貴女でダメならば、もうどうしようも無いかと。例え、緋ノ宮がきちんと機能していないと言われたとしても、貴女はこの瞬間も、朱雀宮の分家筋生まれなのですから。そのことを指摘し、もし、貴女を糾弾するようなことになった暁には、朱雀宮が出ます。朱雀宮が緋ノ宮を分家から外さない選択をしたのですから。あの人達は今なおも、大切な親友を失ったことを、心から嘆いている。だからこそ、その方々の最愛の貴女を遠くから見守っている。その事を忘れないでください」

千陽様の言う通りだった。
機能していない、当主もいない、権限すらもあやふやな家など、朱雀宮の力になることは出来ないのだから、取っておく理由なんてものは無い。

でも、あの人達は。幼い頃会って以来、一度もお会いする機会はないけれど、今も残してくれているのだ。─朱音が、帰ることが出来る場所を。

「はい。ありがとうございます」

胸の奥が、じんっ、と、温まっていくような。
久々の感覚に、朱音は少し泣きそうになった。

千陽様は優しく微笑み、

「何より、貴女は橘の婚約者として、いちばん最適な相手なのですよ」

と、続けた。

「我々が、この血を繋いでいくために、近親相姦を繰り返していた時代は知っていますね?」

「はい。もう100年以上前の話ですが、それまでは普通に兄妹で婚姻を結んだりしていましたよね」

「ええ。その婚姻は、春夏秋冬、どの家でも当たり前で、普通でした。違う家や春夏秋冬の家以外の相手と番うことで、血が汚れてしまうと考えられていたあの時代、我々は博打に出ることが出来なかった。神の御意思に背くのではないか、などと、誰もが天罰を恐れていた」

千陽様の言う通りだった。
極端に身体虚弱な子供が生まれたり、早世したり……タイミング良く、起こる不幸事に、我々は怯えるしか無かった時代は、確かにあった。

「しかし、ある時、自然と想いあった二人が、神からの天罰を覚悟の上で、一緒になりました。夏の家と冬の家出身だったふたりは、周囲の反対を押し切って結婚し、子供を産んだ。─しかし、特に不幸事も起こらず、生まれた子も健康児だった。だから、同じような状況で共に居られない未来に苦しんでいた恋人同士が、人身御供のように声を上げ、数を重ねた結果、これまでの不幸事は全て偶然の産物だったのだと言われました。時代が時代ですので、医療が発達すれば、勿論、子どもも長生きします。虚弱だった理由は、ひとえに近親相姦故だったでしょうし。それからというもの、我々、四季の家の間では、生まれた時に他の家にめぼしい異性がいた場合、婚約者候補として名を挙げられるようになりました」

そうなったのも、歴史上なら、本当に最近の出来事だ。それくらい、春夏秋冬の家の歴史は長い。

「最初、夏が冬を迎え入れたように、続いて、秋は春を迎え入れた。そうして繋がれてきた流れは今なおも静かに残っていて、実際はその家の生まれでは無い一般の生まれだったとしても、その流れに沿った家の養子になることで、ここ近年は解決してきました」

その通りだった。でも、その中で緋ノ宮は1度も、養子を迎え入れたことがない。
必要なかったからだ。

基本、その形式的な婚姻は宗家から順に、第一分家、第二分家、第三分家と話が動くが、第一分家である緋ノ宮に話が降りてくる前に、朱雀宮で話が纏まったり、自然と緋ノ宮で話が纏まったりと、養子を迎える必要性がないほど、これまでの形式的な婚姻体制は上手くいっていた。

ーそして、その形式通りならば。

「現在の朱雀宮には、娘がいません。当主夫妻は貴女を御推薦され、千景の意志確認の元、こうして話をもちかけさせていただきました」

─それはつまり、最初から麗奈など眼中になかったということでは無いか。