『いいかい、朱音』
朱音は深呼吸をした。耳の奥に、鼓膜に刻まれている、父の声を思い出す。
『四季の家は特別で、彼らは神様より祝福を授かって産まれてくるけど、祝福とは名ばかりで、少し人と違うだけで、彼らは語られる神話を背負いながら、国を長年支え続けてきた人達であることを忘れてはいけないよ。彼らを支えるために、私達は存在しているんだ。だからね、朱音─……』
(……良し)
気分が落ち着いた。
そうだ。彼らの考えがなんであったとしても、朱音はそれについて考える必要は無い。
彼らが望んだことならば、応えなければならない。その考えを覗こうとする方が、不敬だ。
彼らが朱音に契約結婚を持ちかけるならば、朱音は余程の理由(恋人または婚約者がいる等)がない限り、拒否してはならない。
「今回の目的は、単に言えば、女避け、です」
しかし、千陽様は朱音が一瞬でも戸惑ったことを感知したのか、微笑みながら、教えてくれた。
「女避け……」
「ええ、あの顔なので」
「あの顔……」
千陽様はもう一度、お見合い写真を出してくる。
「人気なんですよね。まぁ、千景が囲まれるおかげで、僕はその騒ぎに乗じて、逃げられるんですけど。パーティーの度に酷くて」
「パーティー」
「貴女が婚約者として、妻として、そばに居てくれれば、それだけで女避けになるでしょう?」
「……」
それはどうだろうか。
自分自身にそこまでの効力を期待できない。
何なら、最後にパーティーらしいパーティーに出席したのは、両親が亡くなる前だ。
朱雀宮様達とはよくパーティーという名の、小さなお茶会を両親は開催していた─恐れ多くも、朱雀宮の当主夫妻と友人だったため─が、両親亡き後、その催しはなくなった。
「朱雀宮曰く、とても立ち振る舞いが幼い頃から美しかったと聞いています」
「それは、」
「僕も千景も拝見したことがあります。なので、自信を持って。貴女の持つものは、四季の家に嫁ぐ人間として、遜色はありませんから」
それはあまりにも身に余る評価であり、お言葉だ。そもそも、幼い頃の作法が未だにきちんと身についているという自信は─……。
「大丈夫ですよ。朱雀宮は貴女達家族のことをとても愛していますし、自信を持って」
両親はいつも親友だと言いながら、朱雀宮当主夫妻のすごい所を語ってくれていた。
兄が欲しかった亡き父にとって、朱雀宮の当主は兄のような存在だったのだろう。
だからこそ、朱音は朱雀宮様方々に憧れていたし、分家の人間として、生涯、仕えていく覚悟だった。─両親が、亡くならなければ。


