七回目の、愛の約束




「私でお役に立てるのでしょうか」

「勿論です。千景の望みでもあります」

「それが一番理解し難いのですが……」

両親が生きていた頃、どこかで交流していたということだろうか?よく分からないけど、緋ノ宮のこれからや火神のことを考えたら、話には乗っておいた方が良い気はする。

「まぁ、バレバレは身代わり問題だったといえ、貴女の名前で好き勝手してくれたので、千景が貴女を娶ると公表した際の動きは気になります」

「なにか気になることでも?」

「ええ、まあ。婚約から暫くして、お披露目式というものを開催させていただくことになりますが……そうですね、1年後くらいでしょうか。その1年の間に、膿を出し切りましょうね」

にこにこの彼に、何も言えない。
なんでそんなに楽しそうなんだろう……と思いつつ、朱音は「膿とは?」と聞いてみた。

「勿論、火神をはじめとする、我が四季の家……四ノ宮を含む五家に不要なものですよ」

「不要な……」

その言葉からして、緋ノ宮以外の家でも問題が溢れているということだろうか。

そんな朱音の内心を読み取ったのか、彼は「例えば」と言いながら、朱音に微笑んだ。

「失礼とは存じますが、彼女と苗字が違いますよね?それは何故ですか?」

「?、従姉妹だからです。亡き父と彼女の母が姉弟で。緋ノ宮のものは全て、伯母に取り上げられていますが、苗字だけは……。伯母は、私に絶対に父の跡は継がせないと息巻いてまして」

「貴女は、緋ノ宮当主の実の娘なのに?」

「まあ……父のことを愛していたようで。最愛の弟を奪った私の母を恨んでいるみたいです。従姉妹の結婚相手に、緋ノ宮の全ては譲るのだと話していましたね」

「そうですか。……それは、変な話ですね」

何だろう。ニコニコ笑っているのに、目の前の千陽様は怒っているように見える。

「まぁ…でも、私はまだ子どもですから」

腹が立つ話だが、仕方がないのだ。
子どもだから、どうしても世間的な力がない。
18歳はまだ子どもで、それだけ無力なのだ。
だからと言って、何もしないと決めたわけではないけれど、今の朱音に出来ることは思いつかない。

「従姉妹さんの御年齢は……」

「今年で20だったと思います」

「そうですか」

もしやしなくても、火神のような問題が溢れているとでも言うのだろうか。四季の家に?とんでもない話である。

「確認ですが、火神は緋ノ宮の分家扱いですよね?」

「ええ。朱雀宮様の仰せで」

「火神麗奈(ヒガミ レナ)は、貴女を散々コケにしていますね。緋ノ宮は朱雀宮(スザクノミヤ)の分家のはずですが」

「……ええ、まあ」

つまり、緋ノ宮より下なのだ。火神は。

「貴女が緋ノ宮の当主となれば、彼女達は貴女の下になるということですよね」

「…まぁ、はい」

気の進まない問いかけだったが、素直に頷いた。
決して、嘘ではなかったからだ。

そもそも、父は朱音の将来の婿に家を継がせると言っていた。それを公言するな、とも。

朱音が自分から愛し、愛される相手と結婚した際に全てを譲るから、と。
朱音が望むのなら、朱音を当主にしても良いとも言っていた。
……あまり気は進んでなさそうだったけど。

「貴女の伯母は、火神の当主夫人です」

「……」

「そして、規定として、我々の家の分家は結婚という形で家を出た瞬間、緋ノ宮家にまつわる権限は全て失います。─御存知ですよね?」

「……」

朱音は目を逸らした。……言えるわけないじゃないか。両親の死後、散々なことをしてくれた彼らへのちょっとした復讐心で流していた、なんて。

それらの流言も含めて、共に裁かれるつもりだったなんて。

「なので、貴女の伯母に残されたものは塵のひとつ、無いのですよ。緋ノ宮の全ては、朱音さん、貴女のものなのですから」

「でも、父が遺したと思われる、緋ノ宮に関する権利の資料関連が仕舞っであると思われる屋敷ごと、伯母に奪われてまして……」

苦しい言い訳だろうか。というか、ここで話すことで、緋ノ宮の屋敷が手元に戻れば、話が早いが……伯母たちの顔を思い出す限り、無理だろうなぁって、感じもする。

宗家相手に敬う気概があるならば、最初から事はこんなことになっていない。
あの人達が馬鹿で教養がないから、こんなことになっているのだから。

「つまり、どうすれば良いか分からないということですね?」

「……はい。正直、これ以上の醜態を晒す前に、緋ノ宮の家を閉じようと考えたんですが」

父が愛していた緋ノ宮の綺麗な庭などを、せめて私が生きている間だけでも、美しく保ち続けたいという願いはあったが、あそこに帰る権限も奪われて長い。

きっともう、庭なんてものはもう見てられないくらいに荒れているのだろう。

そう思うと、少しもの寂しく感じてしまうのは、鍛錬が足りていないのかもしれない。

「……身の程知らずに、緋ノ宮の名を汚すのは確かに大問題ですね。その件については一度、貴女も考えられたのですね」

「ええ。勿論です。だって、夏の朱雀宮様の第一分家である緋ノ宮がその有様なのは、本当に有り得てはならない話ですから。ですが、とある男性が笑いながら、『もうちょっとだけ♪』と仰られて……かなり前の話ですが、今思い返すと、朱雀宮様だった気もしてきました」

話しながら、頭の中で思い出される男性。
小さかった朱音の頭を撫でてくれた、薄布で顔を隠した男性は楽しそうに笑いながら、人差し指を口元に持ってきて、『黙って』と言っていた。

それを伝えると、彼は頭を抱えて。

「そんなことを言うのは……」

何か、思い当たる節があるらしい。
黙り込んだ彼は数拍後、溜息を零して。

「……とまあ、話の中で察したかもしれませんが、今、四季の家や四ノ宮にはこういうものが溢れています。昔からの神様の恩恵で成り立っている家ではあるので、元々敵は多いですが……」

話をずらすことにしたらしい。
...懸命な判断だと思う。
朱音の記憶が正しければ、朱雀宮様は何よりも楽しいことを優先される方々だ。
変に考えると、知りたくないことにまで辿り着いてしまうだろう。

「そこで、私との契約結婚ですか」

「ええ。間違いなく、それで火神は潰せます」

「それは……」

そうだろうな、と、朱音は思った。
麗奈の癇癪を思えば笑えないが、彼女は何故か、昔から朱音のことをひどく敵視していた。

結婚で家から離れ、あの家族から離れられる時点で、朱音には美味しい話だ。

「もし、私が了承したら、緋ノ宮の権限などはどうなりますか?」

美味しい話だからこそ、裏を疑わなければならない。四家の均衡を崩さないためにも、分家の人間として考えなければ。

「そうですね……。とりあえず、亡き緋ノ宮の先代様の御意向で、一度、橘に緋ノ宮の全ての権限が移るでしょうから、橘が来るべき時まで管理しましょう。しかし、然るべき対処をした後、必ず、貴女にお返しすることを約束致します。勿論、後程、資料にて認めさせて頂きますね。期限は貴女が完全に成人する、当主としても認められる、20歳を区切りにしましょうか」

「……」

両親は人が良かったからか、宗家の朱雀宮様だけではなく、橘家とも交流があった。
幼い頃のことだが、橘の当主夫妻はとても穏やかで優しい人達だったことを覚えている。

決して、人を騙したり、利用しようとする人達ではなかった。逆に、それを厭う人達だった。

「また、契約終了後、離婚の際には、1生涯、遊んで暮らせるだけのお金をお渡し致します。お渡しの仕方は自由です。毎月振込でもなんでも……」

─三大名家の中で1番を決めるならば、圧倒的に橘家だと言われるほどの金持ちである。
だからこそ、悩んでいる朱音にこんなことを言うのだろう。

そこまでして朱音と契約結婚をなそうとする意図は読めないが、やっぱり悪い話では無いかもしれない。─物凄く、怪しい話ではあるが。