七回目の、愛の約束




「とりあえず、この件は朱雀宮に話します」

言う権利は無いが、彼らの手を煩わせるのは。
そう思っているのが透けて見えたのか、彼は微笑みながら、

「朱音さん。これは朱雀宮の責任ですから。彼らに全ての権限がある以上、彼らが全てを責任とらなくてはならないのです。ですから、貴女が気に病む必要などない。実際、君の母方の義祖母は、我々の手によって永久追放されています」

母を虐げた、義祖母。
彼女は文字通り、母を産んだ女ではない。母も実家との繋がりを望まなかったゆえ、会ったことは無かった。─まさか永久追放されていたなんて。

「因みに、貴女の母君、緋ノ宮天音(アマネ)様の実母は、きちんと冬の家の出身でした。身体が弱く、早くにお亡くなりになられましたが……そんな彼女が遺した娘を虐げた罪は重く、父は容赦しませんでした。それまでの長い秘匿期間に怒り、最初は死で贖う案も出ていたんですよ」

「……っ」

「分家の方々は常に、我々のことを考え尽くしてくれていますが、同時に我々もあなた方によって保たれている家でもあり、感謝しているのです。ですので、迷惑なんて考えなくていいのですよ。何より、火神を生み出したのは朱雀宮です。きっちり、責任は取らせます」

頼もしい人だ。この感じからして、最初からお見合いをする気がなかったのだろう。
だから、橘の当主夫妻も来ていないのだ。

「─分かりました。では、朱雀宮様によろしくお伝え出来ればと……」

「お会いする場を設けますよ?」

「えっ、いや、でも」

「朱雀宮は、貴女の事を心配していました。お会いして下さると、喜ぶかと」

確かに幼い頃、よく遊んでもらった。
両親とも仲良くて、とても気さくな人達だった。

「……では、少しだけ」

「はい。喜ばれますよ。同時に、貴女のことを娘として引き取りたかったけれど、緋ノ宮の後継者として残しておかなければならなかったから…とも仰っていましたので、火神を潰すでしょうが」

そんなことになった暁には、とても面倒くさいことになるだろう。
それでも、その撤回を望むほどの恩もなければ、権利もないので、朱音は傍観を選択する。


─それが失敗だったと気づくのは、あとの話。
今は知らない、未来の、その先の。


「火神や朱雀宮のゴタゴタはとりあえず置いておいて……今日の本題に入るのですが、その件で朱音さんにお願いがありまして」

「大切なお願いですか?」

「はい」

彼はそう言うと、実際に会う前に自宅に送られてきていた写真付きの人物紹介みたいなものを見せてきた。

見合いの写真は彫刻のように綺麗な男で、目の前の彼とは全く違うタイプの美男だった。その写真の男を差すであろう名は、橘千景(タチバナ チカゲ)。

「これ、僕の兄なんです。僕は、橘千陽(チハル)。千景とは双子の兄弟で、僕は弟になります」

ふわふわとしてそうな、暖かい印象を抱く千陽様に対し、千景様は自他共に厳しそうな、冷たい印象を抱く容姿をしていた。

彼が橘家の次期当主である人物であり、あの麗奈が自分の横に相応しいとか、恐れ多くも口にしていた相手か。

「大切なお願いについての件なんですが、その」

「?」

「─千景と、結婚して欲しいんです」

「え?」

「貴女には緋ノ宮の息女として、緋ノ宮の当主兼橘家の当主夫人を務めていただきたい」

「……えぇ!?」

あまりのお願いに、朱音は思わず大声を出して立ち上がった。

「まぁ、急で驚きますよね……緋ノ宮の存続に関しては、朱雀宮の意志を仰ぐことになりますが、橘への輿入れは貴女にお願いしたい」

「いやっ、えっと……待って下さい。お兄様はなんと?」

「兄が望んだことです」

「……どうして?」

純粋な疑問でしかなかった。何故なら、両親死後、伯母のもとでまともに社交界に出席もしていないのに、求婚される覚えがなかったからだ。

「急にこんなことを、しかも本人の口からではなく、私の言葉で言われても困惑することは理解できます。ですので、最初は契約結婚という形で構いません。一度、兄に会って欲しいんです」

「……」

「変なことを言っている自覚はありますが、その対価もきちんと考えています。まず、貴女の進学の保証をさせていただきます。その際にかかる費用も、全額持ちましょう。これらは、過去の天音様への橘からの迷惑料と考えてください。
また、あの家からはすぐに出て頂き、貴女が望んだ時は契約結婚は終わりにすることが出来るようにします。ですが、一応、本当に籍を入れて貰う予定なので、離婚などのことは千景と話し合って欲しくて……」

「なるほど……?」

別に悪い条件ではないと思う。
大学は行きたかったが、行けなさそうだったし、進学できるというだけでとても嬉しくて、おもわず呑んでしまう条件だ。