七回目の、愛の約束



「私の幼なじみの知り合いが、婚約者を寝盗られたそうで」
「……」
「その相手の名が、緋ノ宮朱音さんと伺っていたのですが……見る限り、話と違う容姿ですね」
「……」

そこが、麗奈の詰めが甘いところである。
麗奈は金髪に頭を染めあげて、パーマを掛けた長髪だ。同時に豊満な体型をしており、基本的にメイクも派手である。

しかし、一方、朱音は黒髪のストレート長髪で、化粧は控えめ。麗奈が命だとも言っているアイプチなどしたこともなければ、つけまつげとやらも触れたことすらない。

そもそも、伯父伯母夫妻の元で生活している以上、お金なんて持たせてもらえない。
だからといって、他人の前にみすぼらしい格好で出たら殴られるので、人前ではそれなりにきちんとした格好に努めている。

時折、家に訪れた客人を彼らに言われ、もてなすことがある。
その際には、母の遺品を利用している。

流石に今日のような場面では、彼らのプライドがあるので、きちんとプロに施してもらったが、それでも最低限のメイクだ。

「今日は、普段よりもマシなんですよ」

別に隠すことはない。行動を起こす必要性を感じなかったから、大人しくしていただけだ。

「……無理があるとは思うんですよ。先程の自己紹介の場でも思いましたが、貴女が“火神麗奈(ヒガミ レナ)”を名乗るのは」

「仕方ありません。悪評が悪評なので」

あの麗奈でも、その噂が問題ということは理解出来ているらしく、昨日、名前を入れ替える、と、決定事項として言われた。

「その悪評の原因を作ったのは、彼女自身でしょう。どうして、貴女が庇うのですか」

「先程も申し上げたとおり、彼女が自身の過失でどのような目に遭おうと、私の知った限りではありません。同時に、私がこのことに関して申し上げれば、確実に宗家の皆様の手を煩わせます」

「我々は、貴女を、分家を守る義務があります」

「その義務を、私は強制したくありません。存在が足枷になるのならば、切り捨てていただきたい。それが分家の基本だと学んでおります」

亡き両親から学んだことは、恐らく、こういう場面に使うものでは無かった。朱音が苦しい時は苦しいって言っていいって、この世界から逃げていいって言ってくれた両親だったから。

それでも、どんなに辛い目に遭わされても、朱音がこの世界に留まっているのは、緋ノ宮の過失で生み出された火神を、宗家の方々に後始末してもらう訳にはいかなかったからだ。

同時に、朱音は両親と暮らした家を取り戻す夢があった。伯父夫妻に全てを奪われているから、家が無事だという保証は無いが、そこに隠されて眠る、亡き家族の遺品だけでも取り戻したい。

「では、新たにお伝えしておきますが、我々宗家はあなた方分家の存在を軽視したことはなく、その存在は色々な面で重視しております」

「恐れ多いことです」

「ですので。─分家に傷をつけるものは、なんであっても許すわけにはいかないのですよ。腹が立つというのが本音ではありますが、同時に、宗家としての対面を保たなくてはなりませんからね」

「……ですが、緋ノ宮の宗家はあなた方では」

「ええ。あなた方は夏の家だ。我々、春の家とは関係ありません。ですが、お忘れですか?この場の、本来の目的を」

そうだった。忘れかけていたが、これはお見合いだ。麗奈の元に来たものではあるが、大きく見ると、それは春と夏の。

「我々、宗家の当主となるものは他の三家に連なるものより妻を迎えるよう、定められております。実際、私の母は秋の家出身です。そして、貴女の御両親もそうだったはずです」

「……」

彼の言う通りだ。
両親はたまたま出逢い、恋に落ち、結婚した。
しかし、それもまた奇跡的に、母は家で愛されていなかったにしろ、春の家の分家出身だった。

「貴女の母君は、我が春の家分家である春ノ宮(ハルノミヤ)家出身でした。夏の家分家である緋ノ宮の当主であった貴女の父君とは同等の家格であり、我々宗家から見ても、とても理想的な結婚だった」

「……そう言って貰えると、両親や祖父母が浮かばれます。祖父母は晩年、常に悩んでいましたので」

伯母のめちゃくちゃな物言いややり口に、祖父母は疲れ切っていた。責任を感じていた。
立派な分家として誉れ高かった祖父母や両親の尊厳は、伯母に落とされたと言っても過言では無いだろう。

例え身内であっても、裁く時は上を仰がなければならない定めがある分家において、祖父母達は宗家の手を煩わせることを躊躇って、苦しんだ。

─伯母を緋ノ宮から永久追放できる権限は、宗家のみのものだったから。

「春ノ宮は我が分家だ。貴女の母君に行った全ての行為を、我が分家が行っていたことだと思うと、腸が煮えくり返る思いだ。彼女はとても立派で素敵な方だった。そんな春ノ宮の正当な息女に卑しい身の上だと言っている君の伯母に、私は怒りを収められそうにない」

「……」

朱音はなんて言うべきか悩み、そして、特に庇う理由もないから、静かに微笑むことにした。

宗家の意は、我々の意だ。余程の間違いではない限り、収める必要などないのだから、我々は分家として、それを援護するのみだ。

朱音は祖父母や両親から、そこに私情などは持ち込んではならないと教えを受けた。だから。

「緋ノ宮と春ノ宮は、対等の存在。それでいて、君の伯母の物言いは、我が家への宣戦布告として受け取られても仕方がない」

「……でも、伯母にとって、母は最愛の弟を奪った女でしかなく、私は汚らわしい後継者です」

散々吐き捨てられた台詞を口にすると、彼は淡々と否定してきた。

「いいや、違う。君は正当な緋ノ宮後継者であり、あのようなもの達ごときに軽んじられる存在であってはいけない」

「……」

「そもそも、緋ノ宮を出た時点で、彼女は全てを放棄したはずだ。緋ノ宮の名を冠することすら許されぬものが、緋ノ宮のものを手にしようなど……朱雀宮の逆鱗に触れること」

朱雀宮は、夏の宗家。つまり、緋ノ宮の主だ。
彼が言ってることは本当に至極真っ当なことであり、これまで何も言われなかったことが奇跡に近い。─朱音が何かを言う権利はない。