父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

 大動脈解離には前兆といえるものがなく、発症の予測はきわめて困難だから予防のしようがない。

 大動脈解離の発症は夏場に少なく冬場に多い傾向にある。
 ここ戸根動物病院にも犬猫雄雌含め、数頭は来院している。

 夜よりも日中に多くて、特に午前中に発症することが多いからか、病院につくと院長が緊急手術をおこなっていたり、時には私も梨奈ちゃんも早朝から呼ばれたりもする。

 あれから三日後、飼い主が手術を渋った丸田マロが来院した。

 症状は触診した限り腹痛や腰痛がある様子。

 また飼い主が言うには下血があったらしくて、血検をした結果は下血の原因は腸管への血流が遮られたから。

 今のこの状況は急性期をなんとか乗り切ったと言える。

 マロは解離の範囲がせまく限られ、各臓器への血流が維持されている。

 だから、血圧を下げる降圧治療をおこないながら経過観察にする計画を飼い主に説明した。

 薬物治療ならと飼い主も納得してくれた。方針が決まったからにはブレずにやるしかない。

 診察が終わり戸根院長に報告する。

「薬物治療で納得してくださいました」
「慎重な姿勢を崩すな」
 私の大雑把な性格を熟知しているから釘を刺された。

「急性期を乗り切ったと安心し楽観するのは禁物だ」

「よく肝に銘じます。今回は腸管の血管でしたが、かなりの部分は解離したままの状態で残っています」

「解離を起こしやすい体質もそのまま変わることはない」 

「解離を呼ぶ生活習慣もすぐには変えられるものではないですが、飼い主の管理次第で安定させられます」

「その通り。この先、解離が拡大し破裂しないよう、日々の血圧の管理などが飼い主には求められる」

「飼い主への指導と戸根での定期的な経過観察も必須です」

 初期の急性心筋梗塞や大動脈解離だったというようなエピソードは枚挙にいとまがない。
 マロもご多分に洩れず。

「丸田マロは伊乃里に任せる。飼い主に寄り添い協力し合うんだ。そして治療法は飼い主に選ばせろ、慎重にいけ」

「二人三脚で頑張ります」

「伊乃里は飼い主を頼った。伊乃里は独りじゃない、抱え込むな。飼い主にも出来ることがある」 
 
 飼い主に手術ばかりを押し付け、飼い主の気持ちを考えられなかった。これからの治療計画をおこなう上で良い経験だった。

「症状から大動脈解離を疑い、即座に診断に落とし込んだ伊乃里に感服する」
 あの口の悪い戸根院長が私を褒めた。

「広い視野を持ち、頭と気持ちを素早く切り替え、手術以外の方法も見つけた」
 努力と向上心を認めてもらえたんだ。

「信頼して任せてくださってありがとうございます。自分でケリをつけました、失礼します」

「どこに行くんだ?」