「私たち獣医師の技術や手腕や命を救いたい気持ちの置き場がないです」
「患畜の症状緩和をしたくても家族が望まない。患畜の回復のために、より高度な医療機関を提案しても家族が望まない」
納得はしないけれど戸根院長の言っていることは、今まで多数の飼い主で見聞きしてきたから分かっている。
「飼い主が金がないと言えば、出来る医療に限界があるのが現実だ」
「獣医ですから思い当たることが多々あります。患畜のために最善を尽くしたいのに、それが適わないもどかしさ、無力感、イラ立ち」
「目の前に困っている患畜がいたら、とにかく助けたい。ただ、そこにはどうにもならない現実がある」
獣医療の現実と獣医師の自分の気持ちと、どう折り合いをつけるか。
「俺たちは目の前のひとつひとつの問題に向き合い、それが自分の欲求や要望や確信とは違っても、その結果を受け入れるしかない」
この治療や手術さえすれば動物は苦しまない、あるいはまた元気に元の姿に戻れる。
私たち獣医師には、そういった完成形が見えているのに出来ないのは正直もどかしい。
「治療方法と治療費は飼い主に選ばせ納得させろ。家庭の経済状況や価値観は人それぞれ同じものはない」
今まで最新の技術を使う機会が多々あるから外科に転科したのに。
絶望で肩が落ちる。下唇を噛み締めるほど悔しい。
「伊乃里の気持ちも考えていることも分かる」
「またひとつ、私のやりがいが増えました」
獣医師は日々勉強、またひとつ課題が出来た。
「飼い主に選ばせないと動物に万が一のことがあった場合、怒りの矛先が獣医師に向かってきますもんね」
「感情論で彼らに獣医師という言い訳を作らせてはならない」
悪い病気ほど痛みなどの前兆がない、分からない。
そのため痛みが出て気付いたときにはすでに手遅れになっている場合が多い。
何度も経験した大動脈解離の恐ろしい急変症例。
──悪い病気ほど突然やってくる──
羽吹も名垣も巨大な医療センターだから、街の小さな動物病院で施しようがなくなった子たちが最後の砦とばかりに運ばれて来た。
獣医師たちも自分たちが最後の砦だという自負がある。
飼い主は金に糸目を付けない経済的余裕のある人たちばかりだった。
だから、どうにか助けて欲しい飼い主とどうにか助けたい獣医師の気持ちが一致していた。
平たく言えば医療費を度外視して、今出来る限り以上の力を振りしぼり十分な治療が施すことが出来た。
とにかく患畜を助けるために金銭を気にすることなく、どんな治療も手術も検査もいくらでも施すことが出来た。
でも戸根動物病院は町医者だ。私が四年かけて目指した場所はここなんだ。
経済面やペットに対する意識の高さは地域によって違う。
この地域に寄り添おう、歩み寄ろう。手術以外にも、なにか出来ることがあるはず。日々勉強、早速調べよう。
また新たな道がひらけて自然と頬が緩む。
「さっき伊乃里、俺にがっかりさせないって言ったよな？ がっかりさせんなよ。自分でケリつけろよ、分かったな」
「はい！」
口が悪い戸根院長でも、たまにはやわらかな表情になるんだ。
「患畜の症状緩和をしたくても家族が望まない。患畜の回復のために、より高度な医療機関を提案しても家族が望まない」
納得はしないけれど戸根院長の言っていることは、今まで多数の飼い主で見聞きしてきたから分かっている。
「飼い主が金がないと言えば、出来る医療に限界があるのが現実だ」
「獣医ですから思い当たることが多々あります。患畜のために最善を尽くしたいのに、それが適わないもどかしさ、無力感、イラ立ち」
「目の前に困っている患畜がいたら、とにかく助けたい。ただ、そこにはどうにもならない現実がある」
獣医療の現実と獣医師の自分の気持ちと、どう折り合いをつけるか。
「俺たちは目の前のひとつひとつの問題に向き合い、それが自分の欲求や要望や確信とは違っても、その結果を受け入れるしかない」
この治療や手術さえすれば動物は苦しまない、あるいはまた元気に元の姿に戻れる。
私たち獣医師には、そういった完成形が見えているのに出来ないのは正直もどかしい。
「治療方法と治療費は飼い主に選ばせ納得させろ。家庭の経済状況や価値観は人それぞれ同じものはない」
今まで最新の技術を使う機会が多々あるから外科に転科したのに。
絶望で肩が落ちる。下唇を噛み締めるほど悔しい。
「伊乃里の気持ちも考えていることも分かる」
「またひとつ、私のやりがいが増えました」
獣医師は日々勉強、またひとつ課題が出来た。
「飼い主に選ばせないと動物に万が一のことがあった場合、怒りの矛先が獣医師に向かってきますもんね」
「感情論で彼らに獣医師という言い訳を作らせてはならない」
悪い病気ほど痛みなどの前兆がない、分からない。
そのため痛みが出て気付いたときにはすでに手遅れになっている場合が多い。
何度も経験した大動脈解離の恐ろしい急変症例。
──悪い病気ほど突然やってくる──
羽吹も名垣も巨大な医療センターだから、街の小さな動物病院で施しようがなくなった子たちが最後の砦とばかりに運ばれて来た。
獣医師たちも自分たちが最後の砦だという自負がある。
飼い主は金に糸目を付けない経済的余裕のある人たちばかりだった。
だから、どうにか助けて欲しい飼い主とどうにか助けたい獣医師の気持ちが一致していた。
平たく言えば医療費を度外視して、今出来る限り以上の力を振りしぼり十分な治療が施すことが出来た。
とにかく患畜を助けるために金銭を気にすることなく、どんな治療も手術も検査もいくらでも施すことが出来た。
でも戸根動物病院は町医者だ。私が四年かけて目指した場所はここなんだ。
経済面やペットに対する意識の高さは地域によって違う。
この地域に寄り添おう、歩み寄ろう。手術以外にも、なにか出来ることがあるはず。日々勉強、早速調べよう。
また新たな道がひらけて自然と頬が緩む。
「さっき伊乃里、俺にがっかりさせないって言ったよな？ がっかりさせんなよ。自分でケリつけろよ、分かったな」
「はい！」
口が悪い戸根院長でも、たまにはやわらかな表情になるんだ。
