父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

「戸根院長」
 これ以上、無駄な憶測で苦しむことはないから戸根院長に声をかけた。
「ん?」
「頭の中をからっぽにしましょう」

「少しこうしていさせてくれ」
 私の肩に寄りかかり手を握ってきた。

「多くの考えで思考回路が混雑して、集中力は限界近くまで伸び切って疲れた」

 こういうところが脳神経外科だなとつくづく思う。
 戸根院長は繊細で考え込むから疲れやすいんだろうな。

 ガサツで大ざっぱな消化器外科の私とは大違い。でも、どれだけ大きなショックを受けたのかは痛いくらい分かる。

 ただでさえ文献の翻訳だけでも脳をフル稼働させているのに。

 タイミングが悪いことに、知りたくもない事情を知らされたり思い出したくもない過去を思い出すようなことも重なったりした。

 どれだけ脳に負担をかけて疲れさせてしまったか。

「お疲れ様です」
 広くて大きな背中は日々多くの重荷を背負って頑張っている。

 目をつむり安心感に包まれたような表情は柔らかく、「そのまま撫でていて、くたくただ」と、せがむような声が甘く柔らかい。

 リズム良く背中をぽんぽんしてあげたら、このまま眠っちゃいそう。

 いつも鼻柱ひとつ動かさないクールな顔が少年みたいな顔で目をつむっている。

「お前を愛していなかったら再会した唯夏の呪縛に苦しめられたのか」

 不安になる私がいなければ、もしかしたら。

「伊乃里を守ったつもりが俺が伊乃里に守られている。伊乃里がいなかったら、唯夏の呪縛に苦しめられ唯夏と二人で地獄に落ちていたのか」

 閉じる瞳を守るように長いまつ毛がかすかに動く。

「伊乃里」
「ん?」
「お前がいてくれて良かった。だが、この幸せに満たされた気持ちの反動が怖い」
 私の手を握る戸根院長の手に力が入った。
 
 そんな不安げな弱々しい声を出さないで。私は四季浜さんとは違うから安心して良いよ。

「私のことを二人の悪党から二度も助けてくださった戸根院長にも怖いことがあるんですね」
 少しジョークまじりに言った。

「なぜ私をいつも助けてくれたんですか?」
「なぜって、いつだって伊乃里のことを気にかけていたから」

 戸根院長がいてくれなかったら、私は確実に一文無しになって体も傷付いていた。

 悪党の末路は業界を追い出され、今では栄光は過去のものとなり悲惨な状況。

「戸根院長はいつも私を危機から救ってくれるスーパーヒーローです」
「好きだから。違う、それだと軽いな」
 頭を上げて切なげな目で見つめてきた。

「愛しているから、伊乃里をさ」
 一瞬でも目を逸らすのが惜しい感じで、戸根院長もキスの瞬間を待ち侘びているのかな。

「なんだよ、じっと見つめて。文献の翻訳を見たくて来たはずだろう?」
 いたずらっ子みたいに微笑む。

「急にすり寄って来てどうしたんですか?」
「俺は甘えん坊のオス猫なんだろう?」
 嬉しそうな笑顔。幸星くんとの会話を聞いていたのね。

「私を抱いてって顔に書いてある」
 耳の奥に絡みつくような甘い声がくすぐったく感じるや否や、体が宙に浮き上がった。

「救急が来ないように伊乃里も祈れよ」
 ふわりと抱き上げられ、さも当然のように寝室に入りベッドに寝かされた。