父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

「おい」
 偉っそうに。
 院長が梨奈ちゃんをお供に立っている。

「今さっき診察を終えた丸田さんなんですが」
 梨奈ちゃんのためらいがちな声に耳を貸す。

「電話がかかってきまして、伊乃里先生から手術の説明はあったものの、その場ですべてを理解出来ず不安になったとおっしゃられました」

「それはクレーム?」
「いいえ、単純に不安です」 

 丸田さんからの質問がなかったから、病状や治療や手術内容を理解している前提で話したんだよなぁ。
 
「丸田さんからしてみれば『どうやって伊乃里先生に質問していいのか分からない。それと病気や手術の恐怖心から質問が出来ない』って」

 獣医師に言えないことを看護師には話す。動物病院でよくあることで特段珍しいことではない。

 遠慮しないで分からないことは分からないって獣医師にぶつけて、どんどん質問してくれればいいのに。

 飼い主が質問をすれば、私たち獣医師は答えるよ。

「丸田さんは手術に対して不安と恐怖心があるとおっしゃっていたの?」
 単刀直入そういうことだそうで梨奈ちゃんが頷く。

 院長の手前、改めて診察時に丸田さんに話した内容を報告した。

「患畜に対する想いが強い獣医師が熱心に訴えかければ、飼い主を不安にさせる。恐怖心を煽ってどうする」

「伊乃里先生、私は先生の気持ちが分かります」
 院長の歯に衣着せぬ物言いに、すかさず梨奈ちゃんからフォローが入る。 

「お気遣いありがとうね」

「悪い病気ほど突然やってきますものね。一秒でも早く危機回避をしたい想いは、私も伊乃里先生と一緒です」
 おっとりとした梨奈ちゃんの佇まいに救われる。
 
「この手術には獣医師に手早い完璧な技術が求められます。私には応えることが出来ます、ただただ命を救いたいだけなんです」

「伊乃里は焦って飼い主を不安にさせた」

「年に一度でも定期的に健康診断を受けていたら悪化する前兆は見つけられます。せっかく見つけて最善策を提案したのに!」
 
「不安にさせただけではない」
「私がなにをしたと言うのですか?」

「助けたい獣医の熱が飼い主側にしてみれば過剰な診療ととられる場合もある」  

「過剰な診療って、なにそれ。動物の命がかかっているのに、助けたいのに」
 クールに話す戸根院長の言葉に思わず独り言が漏れる。

「自分も達成感や幸福感を得られます。手技を身に付けられることは、ただの自己満足に終わらず飼い主や周りの人たちにも評価されることがやりがいです」

「伊乃里の言っていることは、あくまでも理想であり綺麗事だ、現実を見ろ」

 私の言い分はそんなに熱量が強かったかな、飼い主を圧倒させたかな。

「助けるための検査や投薬や手術の必要性は、時に飼い主からは高価で不要なものと認識される」

 “時に”いつもや、誰も彼もじゃなく時と場合によってとは分かっているつもり。  
 ただね。