父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

 外の空気は柔らかな風で真近に迫った春の到来を感じさせる三月。

 戸根院長とも順調で、多忙ながら充実した毎日を過ごしている。

 ここ何日の戸根院長はオーストラリアから文献が届いたって、隙間時間を使っては翻訳に勤しんでいる。

 私はセミナーの資料を仕上げたから幸星くんのダイニングバーに寄ることにした。

「こんばんは」
「いらっしゃいませ。紗月さんには、おかえりなさいかな、お疲れ様です」
「そうね、ただいま。梨奈ちゃんは?」

「勉強が忙しいみたいで寄らずに帰りました。頑張っていますよ」
「あああ、資格とるって張り切ってたね」

 いつものカウンター席に座ると三点盛り皿のお通しを出してくれた。
 まずは乾いた喉に生ビールを流し込む。

「今日のお酒の肴は?」
「じゃがいもたっぷり、たまねぎ、ベーコンも入ったスパニッシュオムレツにパンを添えて」  

「美味しそう、それちょうだい」

「かしこまりました、あと燻製作っておいたので盛り合わせ召し上がりますか?」

「幸星くんの自家製燻製美味よね、もちろんいただくわ。お願いね」
 チーズもベーコンもゆで卵も美味しいんだ。ビールに合うのよね。

「アスパラとキャベツとブロッコリーとニンジンの茹で野菜に、さっぱりした自家製ドレッシングをかけたのも召し上がってくださいね」

「いつも体を気にかけてくれてありがとう」 

「健康第一ですから。紗月さんがいなかったら誰が動物たちを助けるんですか。院長先生だけだと大変でしょう」

 確かに患畜の中では男性から虐待を受けたのか、単に男性の低く大きな声が怖いのか男性苦手な子が居る。

 そういうときの出番は私。 
 保定をしたときとかの女性特有の柔らかさ。
 それに高い声は安心感を与えるのか。

 本能的に動物たちは女性からにじみ出る母性本能を感じ取っているのか。

 とにかく、そんな状況のときは私しか助けてあげられる人間はいないとつくづく思う。

「おまたせしました」
 三種のメニューは食欲をそそる、尚且それぞれ料理に合う食器に美しく盛られている。

「幸星くんの顔に似合ってて可愛い食器よね」

「僕、顔も心もロマンチストなんで。今回の燻製の出来も抜群ですよ、ご賞味あれ」

 瞳をキラキラ輝かせながら、今か今かと私の感想を待ちわびる幸星くんの顔は飼い主を見つめる健気な子犬みたい。

「んんんんん、うなるわ。チーズがまろやかで塩気に微量の甘さを感じる。香りは言わずもがな良いね」

「紗月さん、ちゃんと微量の甘さ感じます? そこ分かっていただけるの嬉しいな」

「もうすぐ桜の季節だもんね、桜チップの燻製とは桜を思い出させるメニューね」

「紗月さんって情緒的なんですね、ガサツで大ざっぱなわりに」

 幸星くんって褒めて落とすオカマバーのきれいなおねえさん方みたいな高度な話術を会得しているのね。

「ところでどうして私と戸根院長のこと分かったの?」