父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

「いいえ、違います。お互いのプライベートはノータッチで関わりありません」

「祐希、こっちに戻って来たのには理由があるの。もう会えないと思う、最後だから」

「彼氏と結婚が決まって海外転勤か?」

「今の彼氏とは別れ話が出ているの。ごめんなさい、もう来ることはないから」
 顔色が悪い気がする。

「最後のお願い、笑って見送って。笑顔の祐希を目に胸に焼き付けておきたい」

「唯夏、お大事に」
 普段、飼い主に見せる柔らかな笑顔を向けてあげている。

「ありがとう、またアリスをお願いするかもしれない。これはプライベートなんて突き放さないって約束してね」

「獣医として当然だ、約束するよ。アリスの命がかかっている」

 戸根院長の言葉に安心したように四季浜さんがにっこりと微笑むと、凛とした立ち姿で戸根を出て行った。

「お疲れ様です。伊乃里先生、殴りに行くのかと思って焦りました」

「お疲れ、川見も思ったのか、殴り掛かりそうな勢いだったよな、なっ?」

「ちょっと二人共、そんな目で私を見ていたわけ?」

「戸根院長を庇う伊乃里先生は殺気立っていましたよ」

「男冥利に尽きるな。あそこまでファイティングポーズ取られちゃな、資料作成仕上げなきゃだ」

「その前に」
「腹ごしらえか?」
「分かります?」
「お前は大酒呑みのザルだが胃袋もザルか?」

「私お邪魔みたいですね、ひとりで寄って帰ります。失礼しまぁす」
 幸星くんに逢いに行くんだな。

「行っちゃった、梨奈ちゃんったら変な気ぃ遣うんだから、もう」
「嬉しいの隠せないのな」
「牛丼が?」
「俺と二人で飯食いに行くのがだよ、牛丼屋が良いのか」
「うん、お腹すいた」
「人の顔を見れば二言目にはお腹すいたお腹すいたって」

「なによりも私の食べる姿に惚れ込んだ戸根院長に見せてあげたいんですよ」

「よく言う、早く着替えて来い」
「私の方が着替えるの早いですよ」
「俺はスクラブにダウンで良いよ」

「ダメ風邪引きます、ちゃんと温かくして行きましょう。あっ、ちょっと待っててください」

 こだわり屋に着替えて来いなんて言ったら、自宅に上がって上から下まできっちり着替えて来る。

 それは阻止しなければ私のお腹がもたない。確か休憩室にトレーナーと黒のスラックスがあった。
 裁縫道具を出して来て、いつもみたいに一生懸命なんかしていた。

「ほら、あった。戸根院長!」
 走って行って「着替えてください」と渡して、すぐに着替えに走った。

 ものの五、六分で戻って来た。
「お待たせしました」

「あれ? 洋服にスニーカーなのか。髪型も......俺のシンデレラは......もう本来の姿がこっちになったのかな」

 ポツリと独り言をこぼしながら、長い足にフィットしているスラックスのポケットに両手を突っ込み歩き出した。