父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

「おい! なにをしている!」
 襖をぶち破らんばかりの勢いで部屋に入って来た人。

「戸根、なぜここへ来た」 

 名垣院長は動くことが出来なくなるほど驚いた様子で、足に根が生えたようにその場に立ち尽くしている。

「伊乃里、大丈夫だったか」
「戸根院長......助けて」
 私を背中に庇う戸根院長の体温に包まれて、震える全身は安堵で崩れ落ちそう。

「安心しろ、俺が守る」
 
「私が体を差し出さないと戸根院長が苦しい境地に立たされる、名垣院長が窮地に陥れます」

「俺の名を出して彼女を騙したのか、最低だな」
 部屋いっぱいに張り裂けるような殺気が満ちる。

「誰に向かって口をきいているんだ。俺は天下の名垣高度動物医療センターの院長だぞ」 

「それがどうした、女性に卑劣な行為をして良い理由になるわけないだろ。それに俺が監督不行届だと脅迫して陥れようとしたよな」

「このままで済むと思うなよ」

「笑わすな、それはこっちのセリフだ。あんた、この不祥事で間違いなく懲戒解雇だ、労働者として死刑宣告を受けるが良い」
 
「俺が伊乃里に暴行した証拠はあるのか?」
「やましい自覚がある奴にかぎって証拠証拠と騒ぐ」
 呆れたように戸根院長が顔だけ振り返った。

「今朝、渡した携帯貸して」
 スカートのポケットに入れていた携帯を戸根院長に渡した。

「ここに証拠が入っている」

 動物見守り機能として長時間の録音機能が付いている最新版の携帯だそうで、しっかりと私と名垣院長のやり取りが残されていた。

 羽吹副院長のときとは、また違う代物だ。

「伊乃里ぃ、ごめん、俺が悪かったよ。なっ、いくらほしいんだ、お金ならいくらでも出すよ。大人の事情は分かるよな、なっ?」

 気持ち悪いほど猫なで声で揉み手をしながら、低く腰を落としてくる。

「私は小生意気な小娘だから分かりませんよ?」
 ざまぁみろ!

「伊乃里に口止め料を渡して逃げる気か、なめんな、ふざけろ。今まで彼女がどんなに苦しんだか、あんたには分かんないよな、このクズ野郎!」

「ま、待ってくれ、音声を買い取ってほしいんだな。いくらほしいんだ、金額を提示しなさい」

「証拠を売ると思うのか、ゆすりだと思っているのか。証拠はいくら積まれても渡さない」

「おとなしくその携帯を渡せ。俺が今まで築き上げてきた地位も名誉も金もすべてを失ってしまう」

「このクソ野郎! あんたのせいで彼女は心を失ったんだ」
 
「それより俺の人生が終わる方を阻止する方が大事だ」

「この野郎、出てけ! 二度と顔を見せんな!」
 戸根院長の怒鳴り声に弾かれるようにして名垣院長が命からがら飛び出して行った。

「見たか、あの腰抜け野郎の逃げっぷり。どうだ、すっきりしただろう?」

 戸根院長がキュッと右の口角を上げて軽い微笑を右の頬だけに浮かべている。

「怖かった」
 全身の力が抜け落ち、戸根院長の溶けるような安堵感の中に落ちていくと立膝をついて、しっかりと抱きかかえてくれた。

「もう大丈夫だ、俺がいる」
 優しい声が涙腺に響き、戸根院長の温かな胸にすがって赤ちゃんみたいに泣いてしまう。

 ずっと失ったままの心が今よみがえり救われた。

 とめどなく流れ落ちる涙で戸根院長の膝がびしょびしょに濡れてしまった。

「すみません」
「シミ抜きの楽しみが出来ただけだ、なんてことはない」
 涙涙で涙の海にでも居るように泣きじゃくっていたのに思わず吹き出した。
 
 私にスーツの上着をかけてくれると落ち着くまで、慰めや励ましの声をかけるでも抱きしめるでもなく、ただただ隣に居て座ってくれていた。

 私には戸根院長とのその空気感がとても心地良い。オロオロ心配される方がつらい。

「伊乃里、お前をこのままでは帰せない」
 戸根院長......

 顔を上げると動物を撫でながら安らいでいるときと同じ優しい目と目が合った。

「俺が伊乃里を守る」