「私は手術の経験を積むことが動物病院で働くための絶対条件になった。そのためには多少給与は減っても、手術が出来る戸根病院が私の求める地だと思ったのよ」
私の意見にみんなが同意してくれる。
「そうは言っても最初は伝説の戸根院長のところだし、困難な手術はほぼ経験なしな状況だったから自信がなくて不安で仕方なかった」
同期の前では昔に戻るからか気が緩むからか、ちょいちょい繊細で気の優しい内科の性格が出てくる。
「そんな私でも自分では得意だと思ってた技術はあったのよ?」
なんか同期の中でひとりだけ落ちこぼれみたいな気分になったから慌ててアピールした。
「分かるよ、お前の手先は実に器用だ。特に細かい作業は俺ら同期の中で群を抜いてたよ」
「ありがとう、宝城くんって乗せ上手」
「本気だよ、バカ」
愛がある『バカ』に思わず頬が緩む。
「あるとき戸根院長から『もっと自信をもってやれ、手術で傷口が小さく出来るのは伊乃里の売りになる』って言われて自信がついた」
あれが私が大化けした転機だった。
「今では毎日外科手術をどんどんやれているの」
「外科の花形、伊乃里紗月の誕生の瞬間だな、おいやったな伊乃里」
「ありがとう」
宝城くんは口は悪いけれど面倒見の良いところは昔とまったく変わらない。
太陽みたいな明るい笑顔は自信をくれる。
「腐って潰れてくすぶってた私を、時に厳しく時に献身的に手を差し伸べてくれたのは戸根院長なの」
「紗月は謙遜して戸根院長をたてているけれど、紗月だって必死に努力して頑張っていたわよ。獣医学部のころから人の倍、努力していた姿を私たちは見ていたわ」
「朝から晩まで勉強に奔走していた伊乃里は、寝る間も惜しんで獣医療のことを学んでいた」
「ありがとう、卯波くん。私たち同期で頑張ったよね」
深く頷く卯波くんの瞳は強くて鋭い。口角は微かに上げて卯波くんなりの最上級の微笑み。
「紗月の診療姿勢も戸根院長は評価してくれたから、紗月に対して真摯な態度で向き合ってくれたのよ」
「ありがとう、葉夏。いつも優しい」
人は自分次第でどうにでもなる。その中でも出会いって大切なんだと痛感する。
関わる人によって自分が変わるんだ、良くも悪くも。
同期からたくさんの力をもらえた。戸根院長と同期のおかげで私は自信をもてた。
ひとつだけ心に消えない傷がある。
この癒やし方が分からない、自分がいちばん自分を可愛がってあげなくちゃいけないのに。
ずっと苦しいと心が悲鳴をあげている。
お開きになり、私はそのまま個室座敷に残り、ノートパソコンで患畜の電子カルテを見ていた。
しばらくすると襖の向こうから失礼しますとスタッフの声がした。
「お連れ様がご到着になりました、お通ししてもよろしいてしょうか?」
葉夏も宝城くんも帰るねぇとか言っちゃって、またサプライズなんか仕掛けたんだ。
へぇ、二人を止めそうな卯波くんも協力するんだ。
分かった分かった、乗ってあげるわよ。
「通してください」
どんなサプライズなの、ワクワクする。
「やぁ、久しぶり」
なんで......あなたなの? どうしてなにごともなかったように来れるの?
それより、どうして私がここに居ることを知っているの?
「なんの御用ですか? 出て行ってください」
「久しぶりの再会だよ。なんの用かとは、とんだご挨拶だな」
ズカズカと人の心の中に入ってくる強引で自己中心的なところは変わっていない。最低最悪、嫌な奴。
心と体の傷は、まだ残っている。
──今でも血を流しながら──
私の意見にみんなが同意してくれる。
「そうは言っても最初は伝説の戸根院長のところだし、困難な手術はほぼ経験なしな状況だったから自信がなくて不安で仕方なかった」
同期の前では昔に戻るからか気が緩むからか、ちょいちょい繊細で気の優しい内科の性格が出てくる。
「そんな私でも自分では得意だと思ってた技術はあったのよ?」
なんか同期の中でひとりだけ落ちこぼれみたいな気分になったから慌ててアピールした。
「分かるよ、お前の手先は実に器用だ。特に細かい作業は俺ら同期の中で群を抜いてたよ」
「ありがとう、宝城くんって乗せ上手」
「本気だよ、バカ」
愛がある『バカ』に思わず頬が緩む。
「あるとき戸根院長から『もっと自信をもってやれ、手術で傷口が小さく出来るのは伊乃里の売りになる』って言われて自信がついた」
あれが私が大化けした転機だった。
「今では毎日外科手術をどんどんやれているの」
「外科の花形、伊乃里紗月の誕生の瞬間だな、おいやったな伊乃里」
「ありがとう」
宝城くんは口は悪いけれど面倒見の良いところは昔とまったく変わらない。
太陽みたいな明るい笑顔は自信をくれる。
「腐って潰れてくすぶってた私を、時に厳しく時に献身的に手を差し伸べてくれたのは戸根院長なの」
「紗月は謙遜して戸根院長をたてているけれど、紗月だって必死に努力して頑張っていたわよ。獣医学部のころから人の倍、努力していた姿を私たちは見ていたわ」
「朝から晩まで勉強に奔走していた伊乃里は、寝る間も惜しんで獣医療のことを学んでいた」
「ありがとう、卯波くん。私たち同期で頑張ったよね」
深く頷く卯波くんの瞳は強くて鋭い。口角は微かに上げて卯波くんなりの最上級の微笑み。
「紗月の診療姿勢も戸根院長は評価してくれたから、紗月に対して真摯な態度で向き合ってくれたのよ」
「ありがとう、葉夏。いつも優しい」
人は自分次第でどうにでもなる。その中でも出会いって大切なんだと痛感する。
関わる人によって自分が変わるんだ、良くも悪くも。
同期からたくさんの力をもらえた。戸根院長と同期のおかげで私は自信をもてた。
ひとつだけ心に消えない傷がある。
この癒やし方が分からない、自分がいちばん自分を可愛がってあげなくちゃいけないのに。
ずっと苦しいと心が悲鳴をあげている。
お開きになり、私はそのまま個室座敷に残り、ノートパソコンで患畜の電子カルテを見ていた。
しばらくすると襖の向こうから失礼しますとスタッフの声がした。
「お連れ様がご到着になりました、お通ししてもよろしいてしょうか?」
葉夏も宝城くんも帰るねぇとか言っちゃって、またサプライズなんか仕掛けたんだ。
へぇ、二人を止めそうな卯波くんも協力するんだ。
分かった分かった、乗ってあげるわよ。
「通してください」
どんなサプライズなの、ワクワクする。
「やぁ、久しぶり」
なんで......あなたなの? どうしてなにごともなかったように来れるの?
それより、どうして私がここに居ることを知っているの?
「なんの御用ですか? 出て行ってください」
「久しぶりの再会だよ。なんの用かとは、とんだご挨拶だな」
ズカズカと人の心の中に入ってくる強引で自己中心的なところは変わっていない。最低最悪、嫌な奴。
心と体の傷は、まだ残っている。
──今でも血を流しながら──



