父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

 ニ時間か三時間かな、時が経つのを忘れるくらい楽しい時間はあっという間に過ぎる。やっぱり同期って良いな。

「戸根院長とは逆に名垣院長は、ある一定以上の手術は勤務医にはやらせてくれなかったのよ、酷いわ」

「あららら、突然どうしたんだよ、珍しく酔っ払ってんのか。よぉ伊乃里よ」

「毎日、気が張っているんだろう。今日は俺たちに会えたからリラックスして酔えたんだろう」
 卯波くんの優しさに惚れちゃいそう。
 
「よぉ伊乃里よ、獣医だってただの人間だ、聖人じゃないのは重々承知のことだろ?」

「名垣院長は美味しいところは独り占めってやつなのね、なんて奴なのよ」

「名垣院長は酷いのよ。功績欲、金銭欲、名声欲とか切りなく持ち合わせてるエゴイスティックな欲望の塊。私は色々なことを妥協して割り切って考えようとした」

 まだ内科的な性格は残ったままだったから、そう簡単に割り切れなかった。
 
 さり気なく卯波くんがチェイサーを私の目の前に置いてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」

「今までの経験や技術を駆使してこの子を救いたいって、強く心を揺さぶられるような難しい手術がたくさんあったのに名垣院長みずから執刀する」

 ムカッとした怒りをチェイサーをひとくち飲んで落ち着かせる。

「そういう状況だと心はどうなると思う? みんなだったら、この私の立場におかれたらどう?」

「えらい院長に当たっちまったな」
 宝城くんが即答してナッツを口に入れた。

「大好きな動物の命を助けるために培った経験や技術を使える場所がないのは悔しいわね」

「そこにいるメリットは俺にはない」
 宝城くんに続くように葉夏も卯波くんも答えてくれる。

「卯波くん同様、私にもなかった。常に消化不良でスッキリしなかった」

「出来ないってストレスためてるよりも、出来る力があるのにさせてもらえない方が遥かに強いストレスに晒されるわよね」

「矢神のそれ発見だよ。やらせてもらえないなんて経験、俺にはなかったわ」

「怖かった。私、誰の役にも立ってない人間だと思って」
「孤独の中でよく頑張ったね」
 隣に座る葉夏が肩を抱いてくれる。

「ありがとう」
 ひとつ大きく息を吸った。
「うん、あのときからね」

 聞いているよって、三人の優しい瞳が私の次の言葉を待っていてくれる。