父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています

「ニ年前の伊乃里くんとは容姿だけではなく性格も変わったので驚きました」
 戸根院長に向かって話している羽吹副院長。容姿のことまで言う?

「伊乃里くん、どうしたの? この二年間で、いったいきみになにが起こったというの?」

 戸根院長に、がっつり腕をフォールドされた私に向かって、座ったままの羽吹副院長が上目遣いで問いかけてくる。

「彼女は、紗月は変わったのではありません。わたしの前では元々の性格が出ているだけです」

「変わったよ。違うの? 元の性格?」
 羽吹副院長の念仏のような自問自答は、腑に落ちないのか俯き加減で首を傾げながら。
  
 頭を切り替えたのか羽吹副院長が、いつもの穏やかな笑顔を戸根院長に向ける。

「改めまして、ご用件は?」
「単純に紗月を迎えに来たまでです。お先に失礼します、羽吹さん」
「戸根院長、まだ羽吹副院長と大事な話があるんです」

「きちんと挨拶をしなさい」
 私の頭に軽く手を置き、下げるから自然に挨拶をした形になった。

「彼女がごちそうになりました、コーヒー代です」  
 テーブルの上で、すんなりと細い人差し指が優雅に動かしたものは万札一枚。

「いいえ、僕が誘ったのでお返しします」

「愛人の慰謝料も羽吹さんがかぶっていらっしゃるのですよね。慰謝料の足しにでもしてください」

「伊乃里くんの前で、なにを根拠のないデタラメをおっしゃるのですか?」
 愛人? 慰謝料? 羽吹副院長にかぎってあるわけない。ってか羽吹副院長は独身だよ?

「それか、お詫びのしるしに奥様に差し上げたらいかがですか? これだと足りませんかね」
 今なんて?! 奥様?!

「僕が欲しいのは七百万の大金ですよ、こんな端金(はしたかね)じゃ慰謝料の足しにもならない」
 羽吹副院長が薬でも飲み込んだように突然、口をつぐむ。

「私に話してくださった七百万は血液バンクセンターのためですよね?」
 まずはそこからだ。一言一句、切るように確認する。

「そうだよ、僕を信じて。そのための七百万だよ。慰謝料の足しにもならないと言ったのは、あくまでも一般論だよ」

 私の瞳をじっと見つめる目は眼球が微動だにしないほど集中している。

「紗月、試しにその血液バンクセンターとやらの資料をいただいて帰るか。架空のセンターだが」
「センターが架空?」

「お前も獣医師の端くれだろう。物言わぬ動物相手の仕事だろう。彼の目を見ろ、観察しろ。彼は俺の一挙手一投足に反応して挙動不審になる」

「戸根院長は羽吹副院長のなにをご存知なのですか?」